第36話
どうして、と自分に何度も問いかけては疑問が萎んでいく。それが珠璃自身が選んだことだからだと。助けたいと、手を伸ばされたそれを無視することができないとそう思ったから、協力をしていたはずなのに、ここに来てそれを後悔しかけている自分に腹が立つ。
自分で決めたことなのにと内心で自分を責めながら、それでも考えるのは【春の宝珠】の捜索をどうするのかと言うことだ。正直、寅の神使を助ければ同時に解決するものだと思い込んでいたのは否定できない。それは珠璃だけではなく、春嘉や鈴もだ。助けを求められて手を伸ばした先に自分たちの本来の目的の解決があると信じて疑っていなかった。
だからこそ、春嘉も戸惑ったのだろう。もちろん何かしらの溝があったのもあるだろうが、それでも驚きのほとんどは寅の放った一言。
――『ここに【春の宝珠】はない』
その一言は、春嘉の期待を、珠璃の希望を、奪うのは簡単だった。
思わず枕を握りしめていた腕の力が抜けていく。薬を塗ってくれてる鈴が心配そうに声をかけてくるが、それにたいして大丈夫の一言で押し切りそのまま治療を続けてもらう。当てた手拭いをそのままに上から包帯を巻いていき、傷口が開かないようにしていく。上半身は背中側の傷がひどいため、ほんとんど包帯を巻かれた状態になり、いっそこのままこの上に軽く着物を羽織るだけでも過ごせるのではないだろうかと考えてしまい、いや流石にそれはダメかと思いとどまる。
できれば楽な格好で過ごしたいけれどそれはきっと鈴に全力で止められるだろうということも理解できるため、言葉に出す事も一応は遠慮した。
珠璃の様子を見ていれば何を考えているのかも分かるが、あえて言葉に出されなかったため鈴もとりあえずは何もなかったかのように珠璃の治療を完了させた。
終わりましたよと声をかけてくれた鈴に感謝の言葉を紡いで珠璃はずっと自分のそばにいた小鳥に手を伸ばす。それに気付いた小鳥がぴょいっと珠璃の手のひらに飛び乗る。それを頬の付近まで持ち上げてそのまま頬擦りすれば、小鳥も「ピィ!」と嬉しそうに鳴き声を上げて珠璃にすり寄ってくれた。
ふわふわの羽毛を肌に感じながら珠璃はもう一度考える。
とりあえず現在【春の宝珠】に関しての情報はすでに自分たちにはもうない。明日、神使ともう一度合流して情報を集めるところから始めなければならない。
(……ここに来て、どのくらい経ったんだろう…?)
自分の願いをかなえるために始めたはずなのに、どうしてか自分のことが完全に後回しになっている気がする。いや、気がする、ではなくなっているのかと内心で納得してしまう。
青龍である春嘉に相談すれば紋章をもう貰えるかもしれない。それだけの働きはしたはずなのだから。
でも、と思う自分がそれに制止をかける。そんな中途半端なことをして、自分自身が納得ができるのかと改めて問えばそれは確実に否である。
けれどこのままこここにいても自分の望みは叶わない。わかっている、そんなことはわかっているのに。
(……ああ、こう言う時……
小鳥と触れ合いながら珠璃は寝台の上で上半身を起こしてそのままぼーっとしてしまう。
『……珠璃?』
「……」
『……珠璃、迷っているの?』
「…………うん。鬩ぎ合っているの……何が正解なのかなんてわからないって言うけど、その言葉よりもよっぽど強くそう思っている気がする……」
『……とりあえず、ひと段落したんだから、今はとにかく休もう?』
小鳥の言葉に同意するように、珠璃はそのままパタリと再び体を倒す。背中の傷に障らないうように横向きに倒れて流れでうつ伏せになる。
『ゆっくりと眠って……珠璃』
「……ごめんね………ごめん、小鳥さん……」
そう呟いて、珠璃はまぶたを落としたのだった。
◯
珍しくすうっと眠りに入った珠璃に小鳥はもう一度自分の体をすり寄せて、珠璃が優しい眠りに包まれるようにと願う。
優しすぎる心を持ったこの女の子を、小鳥は守りたいと願う。潰されてしまわないように。苦しいと叫んだ時真っ先にそばにいられるように。彼女の苦しみ全てを理解してあげることは小鳥にもできないことはわかっている。それでも。
『苦しんでいる君を、ただ見ているだけなんて……ボクは嫌だよ……珠璃……』
呟いて、小鳥はもそもそと珠璃の枕元の顔付近に近づく。そしてそこで小さく丸くなって、珠璃と一緒に眠ったのだった。
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