第35話
どうする、と頭の中が混乱しかかったその時。
「あなたが協力してくれるのは心強いことです。よろしくお願いします」
そう声を上げたのは珠璃だった。自分よりもはるかに小さな彼女の背中を見つめながら呆然とする春嘉を見つつ、寅が了承の意で頷けばそれに珠璃がもう一度感謝を述べてそのままくるりと体を春嘉に向ける。
「……大切なもの、なのでしょう? ならば今は気持ちを殺してでも協力をしましょう」
「!」
「何があったかは聞かないし、私ではどうすることもできないけれど、春嘉さんの行動で、この状況が改善されることもあると覚えていてください」
「……珠璃……」
「行きましょうか? 一応の事件みたいなことは落ち着きましたから。あ、でも神使様方には森の方で休んでもらいましょう。驚くと思うので……」
珠璃の言葉に微かに頷きながら、春嘉はちらと萌黄の瞳で神使達を見る。すると、まるで伺うように神使達も春嘉を見ており、どきりと鼓動をはねさせて慌てて視線を逸らす。そんな春嘉の様子に兎の神使はしゅんと落ち込み、寅の神使もまた、何とも言えない表情で春嘉を見つめていたが、それ以降、春嘉が視線を向けてくれることはなかったため春嘉と特に話すこともできず、彼らはそのまま森の奥の神使の集う場所まで帰って行ったのだった。
そんな神使たちを見送ってから、春嘉たちもようやく足を街の方へと向け、止まっている宿に向けて歩き始める。
『……珠璃』
「? どうしたの? 小鳥さん?」
『……やっぱり、ボクあいつが嫌い』
「え?」
『早く離れよう。森ももう危険はないのだし、野宿でも問題ないと思うし。一緒に行動するのは、ボクはできるだけ避けた方がいいと思う』
「どうしたの、突然……」
『……うん』
そのまま黙ってしまった小鳥に、珠璃は足を止めてしまう。
小鳥の“あいつ”というのがだれなのかがわからない以上、珠璃にはどうすることもできない。しかし小鳥はたとえその人物を明言したとしても珠璃は離れないのだろうということを知っているため、完全に自分の言葉はどうしようもないことも理解している。
けれど。
『……………嫌いだ』
そう呟いて、小鳥はそのままなにも言わなくなってしまう。
それに首を傾げながら、珠璃は、前を歩いている三人から多少の距離をとってそのままついて行ったのだった。
◯
宿についた珠璃たちは、まず先にしたことといえば珠璃の体の怪我の具合を再び確認することだった。激しく動き回った珠璃の体の傷は所々が傷口がひらき、そこから血が滲んでいる箇所が何箇所も存在し、それがうっすらと衣服にも付着していて滲んでいる。
こんな傷だらけの体であれほど動き回ったのかと改めて突きつけられた現実に、春嘉を含めた全員が息を呑んでしまう。流石に素肌を晒すわけにはいかなかったため、衣服の上から鈴が触診しているのを見ていただけだが、それでも長い外套を外した彼女の衣服には間違いなく血が滲んだ後 跡が複数点在していた。
無茶をするなと言っても無茶をする目の前の少女に、春嘉は物申したいのを何とか飲み込んで、とりあえずゆっくりと治療を受けてくださいと声をかける。流石にこの状況下で小鳥を珠璃から離すことはできなくて、そのまま晟を連れて部屋を出た。
小鳥は枕元に丸くなって珠璃を見つめている。
寝台の上に横になった珠璃はうつ伏せになり、そのまま痛みの表情を隠すように枕に顔を当て、腕で囲った。
「……珠璃様、薬を塗り込みますから痛みますよ」
「…………はい」
そう言って鈴は春嘉にあらかじめ用意してもらっていた薬を珠璃の体に塗っていく。薬草をすりつぶしたそれを体の至る所に塗り込められ、痛みで悲鳴をあげそうになりつつ、体をプルプルと震わせるだけに留めている珠璃を見つめながら、薬草をなじませるために手拭いを適当な大きさに裂いて塗り込んだ場所に当てていく。最終的には包帯を巻いていく予定だが、それでも少しでもなじませて傷の治りを早くできないかという気持ちの問題での行動だ。
鈴に治療してもらいながら、珠璃は考えていた。
(……神使を救った。けれど、彼らは【春の宝珠】の場所を知っているわけではなかった。……じゃあ、どこにあるというの?)
寅の神使の協力するという言葉通り、彼らにも今現在は【春の宝珠】の場所がわからないということだ。
(……それに)
寅の神使を救うためにその体を撫でただけていた時。珠璃は見た。
(あの光の軌跡のようなものは、なんだったと言うの?)
視線を寅から離すことができなかった為、その軌跡の先を視線で追いかけることはできなかったけれど、それでも自分の背後に向かっていたのはわかる。けれど、その先に“誰”がいたのかまではわからない。
そして、おそらく神使達も同じだろう。小鳥もずっと兎の神使の頭の上でおとなしくしていた為わかるかどうかはだいぶ怪しい。
(……どうしよう……)
現状を考えればすでに手詰まりだ。ここから地道に探したとしてもそれがどれほどの時間がかかるのか全くわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます