第33話

猛攻は止まることなく降り注ぐが、珠璃はその全てを弾き返していく。そんな珠璃の姿に驚きを隠せないのは春嘉達だった。


 通常の女がするような動きではないのは明らかであり、そして、その尋常ではない動きをしているのが目の前の彼女という事実にどうしても理解が追いつかない。


 彼女は、どこにでもいるはずの普通の女の子だと思っていたのに、それを根本からひっくり返されたかのような感覚だ。


 繰り返される猛攻に、刀を使ってそれらを弾き返す。さらには自分からも攻撃を幾度となく加えているが、決して寅の体に傷つけるような攻撃はしない。ただただ、相手が受け止められる程度の攻撃を繰り返している、そして知らしめている。


 そんな目の前の光景に、誰も何もいえなかった。



「あなたが助けてほしいと願っていたのなら、私はあなたに気持ちを伝えたわ。足掻きなさい、もがきなさい! 己の力を過信して、できると思い込みなさい!」



 低い唸り声が聞こえてくる。それはどこか苦しそうにも聞こえるが、珠璃は声をかけ続ける。



「あなたがあなた自身の意思を持ってくれない限り、こちらでは手の施しようがないわ。だからこそ、あなたは自分で自分に打ち克つ必要があるのよ!」



 その珠璃の言葉に、今まで何度も攻撃を繰り返していたその大きな存在が、突然地に伏せる。苦しそうな唸り声を喉の奥から吐き出して、それでも体を震わせているだけで、のたうち回ることもしない。ただただ、その苦しさを己の中に閉じ込めている。その姿を見ながら、珠璃は警戒を解くことなく、少しずつ寅に近づいていく。それにハッとして春嘉が、晟が珠璃を呼び止めるために声をかけるけれど、彼女は全く耳を貸してくれなかった。


 その手に、晟の刀を持ちながら、慎重に、けれど確実に。苦しんでいるであろう寅に近づき、そして本当にすぐそばで立ち止まる。寅がその鋭い爪を向ければ、確実に傷つけられるであろうその距離まで。


 苦しそうにしている寅を見ながら、珠璃は言い放った。



「あなたがあなたを取り戻したその瞬間に、断ち切ってあげるわ。開放してあげる。私はそれをしてあげられるの。だからお願い、勝って。その理不尽な状況に!」



 声高にそう叫べば、まるでそれに呼応する様に寅の咆哮が木霊する。耳を劈くようなその音量に、珠璃よりもはるかに距離を置いているもの達の方が耳を思わず塞いでしまう程だった。にもかかわらず、珠璃はそんなものをものともしないような様子でただその場に立ち続けている。


 こげ茶の瞳は、真剣に目の前の存在を見つめ、そして信じている。寅の神使が打ち克つということを。珠璃の様子に危険と知りながらも同じ神使である兎が小鳥を自分の頭の上に乗っけてそのまま珠璃に近づいていく。それでも、もし寅が正気に戻れず攻撃が開始されてしまった場合を想定して、結局は一定の距離を開けてその場で待機していることしかできない。


 流石の小鳥も、先程の珠璃の攻防戦を見た後には彼女のそばにいる方が邪魔になるということを理解したため、大人しく兎の頭の上に落ち着いている。


 低い唸り声が聞こえる。珠璃が、刀をぎゅっと握りしめる。苦しそうに呼吸を繰り返す音もしている中で、ようやく、発された声。



『……こ、ろせ……!』



 それは、切実なる願い。


 意識を取り戻したであろう、寅の神使のはじめての言葉だった。



「殺さないわ」



 珠璃が即座にそう切り返す。たしかな意思を持ってそう言われた言葉に、それでも寅の神使は唸り声を上げながら、もう一度繰り返した。



『殺せ……!』


「それはしない。絶対に。だからこそ、あなたは今のままの状態を保っていて」


『人の子である、お前に、何ができる……? “これ”は、すでに俺の奥深くまで、入り込んできている』


「でも、あなたがこうして私と会話をしているということは、まだその隙間があるはずよ。大丈夫、私を信じて」


『人を、信じられると思うのか……!? お前達は、いつもそうやって……!』


「なら、私は信じなければいい。私ではなく、あなたの仲間の神使である、兎を信じなさい。あの子は、こうなってしまったあなたのために、あらゆることに先手を打って回避してきてくれたわ。そんなあの子を信じなさい」


『兎……お前……』


『寅、あなたがもどってきてくれることを、ボクだけではなく、他の仲間もみんなが望んでおります。どうかお願いです……彼女を信じられないのなら、彼女を信じている愚かなボクを、一度だけ、一度だけでいいんです。信じてくれませんか……っ?』


『……』


「いずれにせよ、このままではあなたはあなたでいられなくなる。そうでしょう? だからこそ、こうして意識を取り戻してすぐに私に願ったのよね。……殺してくれって……」



 珠璃の言葉に、寅がぴくりと反応する。それでも、大袈裟な反応にならないのは未だ寅の体にまとわりついている黒い靄のせいだろう。それを全身で押さえつけているような格好で、寅はその黄金色の瞳を揺らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る