第32話
◯
結局、小鳥に威嚇をしてもらいながら珠璃は森のすぐ近くまでたどり着く。木々のざわめきが聞こえ、木の葉の合唱の音がする。それなのに、聞こえてこない音もあり、珠璃は少し寂しさを感じてしまう。
そんな珠璃の心に気付いたのか、珠璃の足元をぴょこぴょこと飛んでいた兎の神使が一度珠璃の足に体をすり寄せる。
それに気付いて、珠璃がごめんねと声をかければ首を左右に振って返事をする。
背後には付かず離れずに晟がついてきており、晟よりも少し離れたところに春嘉と鈴がいた。
こういう時は春嘉が守ってくれようとするのではないだろうかと思いつつも、晟という男のことをこれ以上ないほどに信頼していうのだろうとも思う。そういえば春嘉が獲物を持っているのをみたことがないということを思い出し、前線で戦うことが苦手なのかも知れないと思うと、晟が珠璃にぴったりとくっついてくるのもわかるような気もする。
それでも、珠璃の頭の上に乗っている小鳥は晟に威嚇を繰り返しているが。
「……感じる?」
『……いえ、何も……』
「じゃあここではないところかもしれないわね。……どうしましょうか?」
今珠璃達が立っているところは、珠璃が一番最初に襲われた場所だ。そこらへんの木々が薙ぎ倒され、傷つけられているのを見ると少しだけ胸が痛む。
ごめんねと内心で思いながら、珠璃はくるりと辺りを見回す。
特になんの気配も感じない。
木々のざわめきだけが聞こえてくる森の入り口は、とても寂しくて、珠璃はひたすらに耳を傾ける。
「……虫の音も、鳥の鳴き声も、動物達の気配も……。何も感じられないのは、すごく悲しいものなのね……」
『今は、警戒をしてもらっているのもあり、神使が守る場所に避難してもらっているので、尚更かもしれませんね……』
「そっか……早く、元どおりになるといいね……」
『はい……寅の苦しみも、早く取り除いてあげたいですし……』
そっか、と声をかけながら、珠璃はそのまま森の中に踏み入る。草を踏む音が響く。それでも、その音しか聞こえてこないことが悲しくて。
「……助けてあげてね。あの子のことを」
『え……?』
「私では、力になれないこともあるだろうから。同じ存在同士でしかわからないこともあるでしょう?」
『……つまりは、声をかけ続ければいいということでしょうか?』
「そうね。あの子があの子として生きるためには、仲間の協力は、必要不可欠かもしれないわね」
『……珠璃さん……』
「私の勝手な思い込みよ。それでも……やっぱりそばにいてくれる存在って、とても大切だと思うから……」
そう言って、珠璃は樹々をかき分けながら前に前にと進んでいく。
深い森なのだろうか。進んでも進んでも、景色が変わった感じが全くしない。頭の上に乗っていう小鳥も何もいうことなく、珠璃の頭の上で本当にずっとおとなしくしている。
『珠璃さん、これ、なんだか……変な感じ……!』
その瞬間。今まで感じなかったはずの強い気配が襲ってくる感覚がする。珠璃は振り向き、晟が腰にはいている刀に手を伸ばしそれをすらりと抜く。その珠璃のあまりにも手慣れた一連の動作に反応が鈍った晟は何かをいうこともできず、そのまま珠璃が刀を振るうのを見ているしかできなかった。
ギィンッ、と甲高い音が響き渡る。何事かと春嘉と鈴が慌てて駆け寄ってくるをの横目で見ながら、珠璃は目の前に現れたその存在と対峙した。
「……ようやく、お出ましってことかしら?」
低い唸り声を上げながら、黒い靄から覗く黄金色の瞳は歪に揺らめいて珠璃を睨みつけているように感じる。
『と、寅……! 目を覚ましてください、寅!!』
兎の神使が必死に呼びかけるけれど、反応は何もない。ただただ珠璃を睨みつけている。珠璃は小鳥をむんずと掴み、そのまま兎の両手に持たせる。
『珠璃!? ちょっと……!!』
「……ごめん。本当にごめん。でも、私は何かを守りながら戦うことはできないの」
そう言った瞬間、珠璃は地面を強く蹴り、そのまま黒い靄に飲み込まれている寅に突っ込んでいく。珠璃の持っている刀と寅の鋭い爪とがぶつかり合う音なのだろうか。あたりには高い音が何度もこだまし、その攻防の激しさが窺い知れる。
「珠璃!!」
春嘉の呼び声に応えることもせず、珠璃はただ淡々と刀を振るう。とにかく、今しなければならないのは目の前のこの猛獣に戦意を喪失させることだ。猛獣の目の前にいる“珠璃”という存在が、猛獣よりも上だということを示さなければ何も始まらない。
「……私ばかりを狙うということは、それに何か意味があるのよね? 寅さん」
低い唸り声がその喉から発せられる。
「助けてと願ったのは、あなた?」
ぴくりと体が反応したように見えたけれど、すぐにその鋭い爪で攻撃を繰り出され、その反応が珠璃の言葉にたいするものなのか、攻撃前の反応なのかの判断はいまいちつかない。
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