第31話

移動をしている間も、春嘉は町の人々に声をかけられ、それに対して笑顔で答えているのを見つつ、珠璃は彼らと少しだけ距離を開けて移動をしている。流石に問題を起こした珠璃とともに並んで歩くことは避けた方がいいだろうという珠璃自身の計らいだったが、それでもそれを許してくれない人はもちろんいて。



「……あの、晟さん。わざわざ私に寄って歩かなくても……」


「そのまま何処かに行ってしまうかもしれないからと春嘉様が」


「行きませんよ!? 流石にそんなことはしませんよ!?」


「ですが、すでにお一人で勝手に走り、勝手に暴走した神使と対峙していたという前例が出来上がってしまっていますので」


「う……っ」



 そう切り返されてしまうと珠璃には反論をすることなどできない。たしかに勝手に行動をしてしまったのは申し訳ないと思うけれど、何もそこまで目を光らせなくても……と思ってしまったのは仕方がないことだ。


 うーんと思わず考えつつ、珠璃は仕方がないと晟とともに歩くこととなった。こういう場合無駄に抵抗してしまうと、さらに相手が頑なになってしまうことだってあるのだ。


 今は大人しく受けておくべきうだろうと大人しくなった珠璃の真隣に、晟はぴったりとくっつく。その距離の近さに、珠璃は少しいたたまれないうような気持ちをもってしまい、そっと距離を少し取る。しかし、珠璃がそんな行動をしたことにすぐ気にづくと、また同じようにぴったりと真隣に移動してくる。訳のわからない攻防を何度も繰り返していた珠璃は、すでに逃げ場がなくなるほど追い詰められたことに気づき、とうとう声を上げた。



「あ、あの……っ、距離が近すぎると思うのですが……!」


「近づいているので、当たり前でしょう」


「なんで近づいてくるんですか!? 私が距離を取ったこともわかりましたよね!?」


「少しずつ離れていくのでその分距離は同じように詰めさせてもらいましたが?」


「察してくださいよ!」


「察することは容易にできたが、それよりも己の欲に従うべきかと思ってな」


「従わなくてもいいですから……!!」



 ついには足を止めて、珠璃はグイーッと晟の体を押す。腕を突っ張るように伸ばせばその分、隙間ができて少しだけほっとする。


 と。



『珠璃に近づくなこのやろー!!』



 ようやく、頭の上に乗っていた小鳥が反応し、声を上げた。小鳥の叫び声に遅いよ! と思ったが今はそんなことを言っても仕方がない。しかもその声に反応したのか、少し距離をとって歩いていた春嘉や鈴までもが珠璃達のほうに振り向き、何事かと視線をよこしてくる。


 そんな二人になんでもないと首を左右に振るけれど、そんな焦ったような反応をする珠璃に、春嘉も鈴も眉をしかめ近づいてくる。春嘉が近づいてきたことに内心で悲鳴を上げなあら、それでも珠璃は晟を止めることの方が大切で、両腕を突っ張ったままの格好で動けないでいる。


 ついには春嘉達まで近くに来てしまいました、珠璃はどうしようと考えを巡らせる。



「どうかしましたか、珠璃? ……というか、何をしているのですか?」


「……距離をとってもらおうと物理的な距離を開けている最中です」


「? 晟が近くにいた方があなたを守りやすいと思いそばにつけたのですが……?」



 原因はお前かっ! と叫びたくなるのをなんとか我慢して、珠璃は盛大にため息をついた。そんな珠璃の様子に春嘉は首を傾げるだけだった。



『……なあ、青龍、おまえ、もう少し人選まともにしないか?』


「え?」


『こいつは珠璃に不埒なことをしようとしているんだぞ? というか、珠璃に好意を抱いていますと堂々と宣言したやつをなんで珠璃のそばにおこうと思ったんだよ』


「それはそれ、これはこれでしょう。一番信頼がありなおかつ腕の立つものは晟しかありませんので」


『…………こいつ、ちょっとバカなんじゃないのか?』



 春嘉の堂々とした物言いに、小鳥が残念なものを見るような視線を春嘉によこした。それには珠璃も大いに同意したい。


 二人でため息をつき、珠璃はできるだけ晟との距離を開けるように再び歩き出す。そんな珠璃を春嘉と晟は慌てて追いかけたのだった。





 ――苦しいと叫んでも、届かない声に何度絶望したのだろうか。


 ――痛いと叫んでも、届かない声に何度絶望したのだろうか。


 ――助けてと伸ばした手に、誰も気づいてくれない悔しさに、何度涙を流したのだろうか。


 誰でもいい。だれでもいいから。



 ――助けて、と。




 その瞬間。



『甘えるな!』



 そう、たしかに叱咤された。女の声が木霊する。嘆くばかりではなく、己でも何とかする努力をしろと言っている。そんな簡単なことではないと、本当は言い返してやりたかった。体に絡みつくこの酷く醜く、黒い靄のはすでに自分の最深部に入り込もうとしているほどに絡みついているのに。


 それを自力で何とかしろと。声の主の女は言う。


 怒りに狂ってしまいそうになる衝動を何とか抑えているだけでも本来ならば褒めて欲しいくらいなのに、それ以上に自分で解決しろと。そんなもの、無理に決まっている。


 それなのに。


 どうして、そう叫んでいる女の声の方が、こんなにも辛くて、苦しそうで、痛そうなのだろうか?


 必死にもがいて、足掻けと訴えてくる声の方が、ずっとずっと、そういうことをしているかのように苦しそうで。痛そうで、辛そうで。


 だからこそ、なんとかしようと決心がついた。助けてもらおうと思い続けてはいけなのだ。手を伸ばされ返されないことを嘆き続けていても、何も解決などしない。自分でできうる限りの反抗をし、抜け出さなければ。


 そう、自分は【四神】が一人、青龍に仕える神の使い。


 このようなことで負けてなるものか……!

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