第23話

それに有難い思いを抱えながら、珠璃はてくてくと歩いていく。


 森の中はしんとしていて、どこか寂しさを感じてしまう。そして、あ、と気づいた。



「……動物が、全然いないのね」


『……寅が、あのようなことになってしまったので、皆には避難してもらったんです。もし、正気に戻った時、寅が悲しまないようにと思いまして……』


「仲がいいのね」


『同じ神使ですから』


「そっか……じゃあ早く、元に戻って欲しいね」


『はい……けれど、もう寅はボクをボクと認識してくれなくて……自然界の理通り、餌と認識されてしまっています。ですが、神使が自ら狩りを行い、それを喰らってしまったらその神格を失うばかりか、神様の怒りに触れて存在そのものを消滅させられかねません…』


「……突然重たい話をするのはやめてほしいかなー……」


『はっ! す、すみません! 思わず……っ!』


「あー、ごめんね。責めたかったわけでは無いんだけど……とりあえず、私の目下しなければならないことは、春嘉さんの協力で【春の宝珠】を探し出すこと。それと一緒にできるかどうかはわからないけれど、あなたの頼み事である神使の寅を助けること、だね」


『はい! ありがとうございます……!』



 まぁできるかどうかはわからないからあまり期待はしないでねと、とりあえずそう断っておく。珠璃は腕に抱いている兎の柔らかさを堪能するため、手を伸ばしてその頭をそっと撫でていると。


『………………珠璃ぃぃぃーっ!!』


「え……ぶふぅっ!?」



 突然の聞き覚えのあるその声にパッと顔を上げた珠璃は、それと同時に顔に思い切り突撃をくらい、思わず女らしからぬ声を上げる。


 腕の中の兎も驚いていたが、珠璃の心配をしてか『大丈夫ですかっ!?』と声を上げるが、珠璃はそれどころでは無い。飛んできたそれを顔面で受け止めてしまったが故に、体の体制を崩し、そのまま受け身をとることもできずに尻餅をついた。「いたっ!?」と声を上げつつ、それでも兎を離さなかったのはある意味根性である。


 珠璃に守られながら腕の中にいる兎が、珠璃が尻餅をついたことにより上半身が曲がり、顔に自分が近づいたのに気づくと、珠璃の顔に張り付いている小さな存在をわたわたとしながら引き剥がす。


 抵抗されたがそれもお構い無しに引き剥がせば、珠璃の頬には微かに小さな傷ができてしまっている。



『きっ、君ーっ! なんてことしてるんですかーっ!?』


『珠璃ーっ! 大丈夫!? 大丈夫なのー!?』


『彼女の顔に傷がついてしまったでは無いですか! 女性の顔に傷をつけるなど、何を考えているのですかっ!?』


『うるさい! ボクは今珠璃に確認してる…………えっ、あれ、ほんとに……っ!?』


『君の足のせいですよ!?』


『ごっ、ごごごごめんなさい!!』



 騒がしいなと思いつつ、珠璃はとりあえずため息をつき立ち上がろうと体に力を入れようとしたけれど、それを止める手が伸びてきて立ち上がることができなくなる。


 何故、と思い伸びてきた手の方に視線を向ければ、そこには一人の少女が。



「……珠璃様? 動かないでくださいませね?」


「……………はい」



 なんでこんなにもすごまれているの!? と思いつつ、その雰囲気が半端なく怖かったため、珠璃は大人しくその言葉に従う。ニコッと笑って凄みを出しているのは鈴だった。状況に納得はいかないが、それでも逆らうのは得策では無いということくらいはわかる。というわけで、珠璃は大人しくなった。


 仕方なしに兎を抱きしめたまま珠璃はじっとしていることに。そして、少し離れたところから視線を感じてそちらを見れば、じっと珠璃を見つめている晟と視線が合う。あまりにも熱心に見られているのを自覚して、珠璃はぱっと視線を逸らした。



「お怪我はその頬と、後はお腹を打たれているでしょう?」


「……鈴さん? 大丈夫ですからね?」


「あなた様の大丈夫は聞きません。とりあえず、どこかで治療を……」


「そんな時間ないし、それに、いつまでもこの森の中にいたく無いんだけれども……」


「……ではここで衣服を剥ぎましょう。まぁ多少肌が見えてしまいますが問題ないですよね?」


「えっ、まぁ、別にいいけど」


「そうでした……珠璃様は気にしないとおっしゃられていたわ……女性に使う最終手段が使えないのは本当に面倒な……っ!!」



 全部聞こえてるんだけど、と思いつつ、鈴がそれほどまでに珠璃の体を心配してくれているという事実に、珠璃は胸の奥がぽっと暖かくなるのを感じた。


 それに小さくお礼を言えば、鈴がどうにも微妙な反応を見せる。と。



「――珠璃っ!!」



 呼ばれ、反応しようとしたが出来なかった。いや、出来なかったわけでは無いけれど、突然、ふわりと体を抱きしめられた感触に思考停止した。


 何が起こったのか訳がわからず、鈴は呆れの表情をしており、晟もその行動に驚いたのが目を見開いている。兎と、兎に捕まえられていた小さな存在である小鳥はそのままむぎゅぅっと潰された。

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