第22話
◯
「ぅ……ぐ……っ」
まさかあんな風に投げ飛ばされるとは思いもしなかった。自分を攻撃してきた時から、あの異形のものが何か動物のような気はしていたが、先ほど投げ飛ばされた時にそれがなんなのかははっきりとした。
「あれ…寅、だよね……っ、つぅ…」
体を起こしてあたりを見回せば、そこは木に囲まれた場所だった。風の音が聞こえるほどの静寂で、珠璃は少しだけ身震いをする。一人、この静寂の中に放り込まれたという事実に恐怖が湧き上がってくる。それでもそれを必死に押さえ込んで、珠璃は立ち上がり、とにかく移動をしなければと思い足を動かす。けれど、どれほど飛ばされたのか、四方は全て木々に囲まれており、方角もよくわからない。
それでも、立ち止まってはいられないのだ。珠璃はもう一度辺りを見回す。とりあえず、適当でもいいから動き回らないと、不安で堪らなくなってしまう。
「……というか、まさか神様の使いの動物まで存在するなんて……予想外すぎて何をどう文句言えばいいのか全くわからなくなったわ……!」
はぁ、と大きくため息をついて、珠璃はいまだに痛むお腹を抑える。とっさに小鳥を春嘉に向かって飛ばして良かったと思うのと、あの時小鳥の声に反応してこの攻撃を受けてしまったため、小鳥が気にしていないかという不安が襲ってくる。
と、がさっと音がする。はっとして音のした方を向く。振り向いた先にいたのは、真っ白い兎。
「………こ、こんにちは?」
とっさに出てきた言葉をそのまま口に出して、珠璃は自分で何をいっているんだと内心で突っ込んだ。動物相手になぜ挨拶をしてしまったのかと思わずその場で頭を抱えてうずくまる。
動物を見て挨拶してしまったのは、小鳥が喋っていることが珠璃にとって既に当たり前になっており、その癖が思わず出てしまっただけなのだが、珠璃はそれに気づくことはない。
ああもう…、と少し落ち込んで、そして。
『こっ、こんにちは……!』
「……………えっ」
『あ、あの、…』
「あ、待って。本当に待って。ちょっとよくわからなくなってきた」
混乱した頭で珠璃は待ったをかける。珠璃のその言葉に、おどおどとした様子の兎がびくっと体を揺らして閉口する。体がブルブルと震えて見えるのは決して珠璃を怖がっているというわけではない、と珠璃は思いたい。
なんだか申し訳ないことをしてしまったなと感じながら、必死に頭の中を整理して、けれど結局うまくできなかった珠璃はとりあえず理解することを諦めようという結論に至った。
「うん、よし! もう何も理解しないわ。どうぞ話してください、兎さん」
『……考えを放棄するって言った人にどう説明していいのかわからないよぉ……』
ベソベソとしながら兎がぴょこん、ぴょこん、と跳ねて少しずつ珠璃に近づいてくる。
「…………可愛い……」
真っ白い体に真っ赤な瞳をうるうるとさせながら、兎がおどおどとしながらそれでも珠璃に近づいてくる。もふもふが自分に近づいてくるその様子に、珠璃は内心で叫びたいのを我慢しながら兎が近づいてきてくれるのを待つ。そうして自分のすぐ足元まで近づいて来てくれた兎に珠璃は驚かせないようにゆっくりとしゃがみ込む。
そっと手を伸ばして兎に少しだけ触れる。フワッとした毛皮に触れて少しだけ珠璃の指先がびくりと震える。それを感じ取ったのか、兎の方が珠璃の指にもふっと体を寄せた。
「……!」
『あの……たしかに、ボク達は臆病な種族ですが、あなたを怖いとは思わないので……えっと、遠慮しないでください?』
「…私を怖いと思わないの?」
『はい。えっと、理由はわかりませんが、それでもあなたは怖いとは思いません。なので、お話を聞いてもらってもいいでしょうか……?』
「……私で、力になれるのなら……」
そう言った珠璃に、兎がホッとした様子を見せる。それを見下ろしながら、手のひらに兎の柔らかさを感じながら、兎の話に耳を傾けたのだった。
「……え、つまりは何故か暴走した神の使い――
『簡単に言えばそう言うことです。ついでに【春の宝珠】を探してください】
「【春の宝珠】がついでって……いやいや、私、春嘉さんに【春の宝珠】に関して協力するって言ったし……同時に二つのことを並行してできるほど器用じゃないから……」
『探しながらこちらのことも一緒に進めてくだされば問題ありません!』
「……簡単に言わないで……」
はぁ、と大きくため息をつき、珠璃はよいしょと兎を持ち上げた。
あたりをぐるりと見回しても、何も見つけられない。とりあえず、今この場には自分と腕に抱いた兎だけだと確認して、珠璃はそのままそろそろと動き始める。兎は珠璃のその慎重な動きにぽてりと首を傾げた。
『どうしたのです?』
「え、だって、またあの黒い霧に覆われた寅に襲われたらたまったものではないもの。慎重にもなるわよ」
『えっと……とりあえず、今のところ彼の気配はしないので安心していただいて大丈夫かと』
「わかるの?」
『なんとなく、ではあるんですが。でも、近くにはいません。それは間違い無いです』
そう言った兎がぴょこん! と耳を動かす。さっきから忙しなく動いているような気がしていたが、もしかしたら周りの音の気配を警戒してくれているのかもしれないと思いいたる。
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