第21話

そんな珠璃の心境を理解しているのか、春嘉はなんとも言えない表情をしているし、鈴は鈴でものすごく楽しそうにしている。この集団、周りから見たら相当変なんじゃ、と考えながら、四人と一匹はただただ歩いていた。


 小鳥は珠璃の頭の上にのりながら、晟を警戒しつつ、周りを見回して何かを探すような様子をしている。春嘉も、辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていた。



「……【春の宝珠】がなくなったのは何時ごろのことなんですか?」



 珠璃はすぐ隣にいる春嘉にそう声をかける。



「無くなったのは結構最近のことです。一月程前です。それまでは、わたしの手元にありました」


「春嘉さんは、どうしてそんなにも【春の宝珠】を見つけ出そうとしているんですか」


「……? それが、青龍である証だからです」


「…………【物】に縛られているのね……」


「珠璃?」


「いえ、いいえ。なんでもありません。ところで、【春の宝珠】がなかった場合に起こる不安要素はなんでしょう?」


「季節が安定しないということと、『中の国』に春を訪れさせることができなくなると言うことですね」


「……なるほど。ところで、昔からずっと気になっていたんですが、どうしてそれほどまでに『中の国』を守ろうという姿勢が強いのかしら? 【四神】という特別な存在がいるのは理解したけれど、『中の国』の特別扱いがどうしても納得いかなかったのよね……小鳥さん、知ってる?」


『突然ボクに振ってきたね。……【四神】にとって、『中の国』には守るべき大切な存在がいるからだよ』



 頭の上で未だに晟に威嚇をしていた小鳥が珠璃のその一言で体から力が抜けたのかずんと空気を重くする。それを隣で見ている春嘉も珠璃のその質問には驚きで目を見開いてしまった。


 しかし、そうして注目されている珠璃は特に気にした風もなく、本当に純粋に疑問に思っており、こてりと首を傾げている。



『珠璃は本当にどんな教育を受けていたの? その老夫婦に会ってみたい気がしてきたよ……』


「無理よ。亡くなってしまったんだもの。まあでも、たしかに教えられながら知識の偏りがありそうだなとは思っていたわ。でも、私は教えを受ける立場だったし、……いろいろ必死な時期だったから」



 そう言って、珠璃は少しだけ視線をあらぬ方向へとそらし、そして少し立ち止まった。



「珠璃?」



 そんな珠璃の様子に気づいた春嘉が珠璃に呼びかけるけれど、彼女は反応をしてくれない。ある一点の方向を見つめたまま、まるで何かを確かめるようにじっとしている。そして。



「……ダメ」



 そう呟いたかと思うと、珠璃は手を伸ばし頭の上に乗っかっていた小鳥を鷲掴んで春嘉の方にポイっと投げ捨てる。小鳥が『珠璃もボクをそんな扱いするのーっ!?』と叫んでいたが、その言葉は完全に無視し、珠璃はそのまま駆け出した。


 その様子にただ事ではない何かを感じ取った小鳥が春嘉にすぐに追いかけてと呼びかけ、春嘉もそれと同時に駆け出す。彼女が一人、走り出してしまう時はその先に何かがあると感が働き、春嘉は珠璃を見失わないように懸命に足を動かす。


 住宅街を通り抜け、通り抜ける時に家屋から顔を出した民が何事だとささやきながら、深く外套を被った一人の人を見て眉をしかめ顔をしかめ、その姿を見送っていく。そのすぐ後に走ってくる春嘉を見て何かあったのかと春嘉に声をかけるが、春嘉は何かあるといけないから家の中に隠れていなさいと声をかけ続ける。


 春嘉の言葉にわかりましたと大人しく従う民に安堵しながら、珠璃を追いかけて。


 その視線の先には、黒い物体と対峙している、外套を目深に被った一人の人。そして、外套を被った人の背後には、小さな子供ががくがくと体を震わせて涙を流しながら腰を抜かしている。


 珠璃は子供が傷つかないようにかばいながらなんとか異形の攻撃を受け流している。しかし、武器を持たずにいる珠璃ができることなんてたかが知れていて、体が傷ついていくのがわかる。無謀なことをするなと言いたいが、まだ距離がある。小鳥が我慢できずに春嘉の手から飛び出して珠璃の方へと羽ばたいていく。


 珠璃! と彼女の名前を叫び、意識が逸れたその瞬間。異形のものがその隙を完全に見切ってそのまま珠璃に突っ込んでくる。


 どっ、と彼女の体に思い切りその大きな巨体をぶつけ、そのままグアっと頭の部分であろう場所で持ち上げ、同時に珠璃の体をも持ち上げる。そして次の瞬間には珠璃の体は思い切り投げ飛ばされた。


 その様子に鈴が悲鳴を上げ、珠璃の名前を叫ぶ。晟も何も言わずに珠璃が放り投げられた方へと駆け出して、春嘉は即座に珠璃が先ほどまで守っていた子供を回収する。しかし不思議なことにその異形は珠璃を投げ飛ばした方を見ているのか、近づいた春嘉に見向きもしない。今までのように無差別に襲ってくるわけではないその様子に春嘉は疑問を持つ。


 のし、と異形が歩き出す。その時、春嘉は見た。黒いモヤを纏っていた異形のその姿を。その大きな体躯はよく見れば動物の形をしている。四肢の先についている鋭い鉤爪。口元から覗く鋭い牙。縦長の瞳孔は睨む周りのものが萎縮するほどに鋭い。


 そう、あれは間違いなく。



「……寅……!」



 自分の季節を象徴する、一匹の神使であった。

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