第24話
自分の胸と、相手の胸に潰された二匹が苦しそうに声を上げたことに気づいたけれど、珠璃自身も強く抱きしめられており、助けてあげることができない。なんとか体を動かして隙間を少し作り兎と小鳥がひょこりと顔を出せる空間を作り出す。ぷはっと顔だけ出した二匹に声をかけてあげたかったけれど、珠璃自身もそれどころではなく。
自分をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる相手――春嘉に、困惑を隠せない。
「珠璃、無事でよかった……! 大きな怪我がなくて安心しました」
「ちょ、春嘉さん!?」
「あなたが投げ飛ばされたのには本当に焦りました……ですが、無事でいてくれたことに感謝いたします」
「わ、わかった! わかりましたから、一度離れてください!!」
そう言って、珠璃は今度こそ春嘉をベリッと引き剥がし、なんとか空間を完全に確保する。腕にいる兎達も息をついて一息しているのを見ると、苦しかったのだろうと言う予想ぐらいはできる。内心でごめんねと謝りながら、珠璃は春嘉に言った。
「突然、異性を抱きしめるようなことはしないでください。相手も驚くでしょう!」
「すまない……ただ、珠璃が無事だったという事実に、安心してしまって、気づいたら体が勝手に……」
「そんな理由で抱きつかれたらどう反応していいのか分からなくなるじゃないですか……勘弁してください」
「ああ、本当に申し訳ない。ところで、珠璃に話さなければならないことが……」
「……まさか、神使のことでしょうか?」
「! なぜそれを……!?」
「あー……【春の宝珠】と神使様の救出、どちらが優先度が高いのでしょう?」
「……大変申し訳ないのですが、神使様の救出が最優先です。このままでは、神使様のお立場が……」
「わかりました。そんな声出さないでくださいよ……兎さんに先に聞いていたのはある意味良かったのかもしれないね」
そう言いつつ、珠璃は視線を下に下げて、腕に抱えている兎を見下ろす。それにつられて、春嘉も珠璃の腕の中にいるその存在を認識した。
「……え」
『青龍、ですよね? 今代の」
「……神使、様、ですか…?」
『はい。ボクは神使と言われる存在です』
「……」
『状況が状況です。あなたのその的確な判断に感謝の意を示します。さっそくで申し訳ないのですが、早いところ寅をなんとかしなければこの国への影響が計り知れないことに……』
「……私は、あなた様の手をお借りするわけには参りません。どうか……どうか、ご自分のすみかにお戻りくださいませんか?」
『……』
「春嘉さん? どうしたんですか?」
「珠璃は、知らなくても良いことです。気になさらないでください。……兎の神使様、お願いです。これ以上……これ以上、私を追い詰めないでください……」
春嘉の、そのあまりにも意外な態度に、珠璃も小鳥も驚きを隠せない。しかし、驚いているのはその二人だけであり、珠璃のそばにいた鈴も、少し離れたところにいる晟も、そしてその話を直接受けている兎も、特段驚いている様子はない。
春嘉の苦しそうな表情を見て、珠璃が咄嗟に春嘉に手を伸ばす。その頬に触れれば、春嘉が驚いたようにハッと珠璃を見た。
「……落ち着いてください。春嘉さん」
「……珠璃……」
「確認します。目下迅速にやらなければならないことは?」
「……寅の神使である彼の方を救うことです」
「ですよね。それと一緒に、【春の宝珠】を探しましょう。あれは、あなたが【青龍】である大切な証、なんですもの」
「……はい」
「じゃあ、いきましょう。あ、兎のことは私に任せてください。それとも、何か言いたいことがあるのなら先に言っておいたおいたほうがいいですよ。伝えたいことは、口にしないと伝わりませんから」
珠璃の言葉に、春嘉がグッと喉をつまらせたのが理解できる。ずっと何かを飲み込んでいたのだろうと言うことも、なんとなくわかった。だからこそと言うわけではない。ただ、今珠璃が腕に抱いている兎の神使を見たとき、兎の神使の言葉を聞いた時、彼があまりにも、泣きそうな表情をしたから。
為すぎるのはよくないと、珠璃は己で理解している。だからこそ、その口から出てくるのが恨み言であろうとも、吐き出した方がいいと判断したのだ。
「……今回は、協力体勢をとらせていただきます、ただ……、」
『よかった……あなたが、望むのなら、これが終わった後にはボクはあなたの目の前にもう現れないとお約束をします。迷惑をかけてしまいますが、どうか……』
瞬間、春歌の表情が、言葉通りに凍りついた。それを見た珠璃は驚きを隠すことができない。口を微かに開いて何かを言おうとして、そしてそのままきゅっと引き結ぶ。
思わず、珠璃は春嘉に声をかけた。
「春嘉さん……?」
ぴくりと肩を動かして反応はするが、それでも薄い反応であるのは明らかで。もう一度声をかけようと口を開いた時、春嘉が俯いたまま言葉を紡いだ。
「……それほどのお約束をしていただかなくとも大丈夫です。まあ、もし神使様が言葉通りの意味でおっしゃっているのなら、わたしが出過ぎた真似を言っているということですのでお聞き流していただければと」
『……! ま、まって! そう言う意味では……!」
「では、目下目標のために協力体勢ですね。よろしくお願いいたします。神使様」
『あ……!』
腕の中にいる兎の神使が春嘉を呼び止めようと微かに動くけれど、何かに耐えるようにグッと言葉を飲み込む。
その光景をただ見ていることしか、今の珠璃にはできなかった。
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