第18話
しかしそれを言ってもしょうがないと気持ちを切り替えたのか、春嘉はもう一度顔を上げ珠璃に説明を続けた。
「何にしても、【春の宝珠】が今現在わたしが持っていないということが問題なのです。このままではこの『東春国』の春が遠ざかってしまいます」
「…どうしてそれを私に相談なんてしたんですか?」
「あなたが信頼できると思ったからです」
「……」
春嘉がそう言い切って珠璃を見つめる。しかし珠璃はそれにどう答えればいいのかわからない。無条件に信用された訳ではないとわかっているつもりだ。きっと、あの異形のものと対峙したことも含めて、彼は珠璃を信用すると言ってくれているのだろう。
しかし珠璃があの異形と対峙したのはそんな美しい理由ではない。
誰にも怪我をしてほしくなかったからだなんて、誰も傷つけてほしくなかったからなんて、攻撃をしてくるあの異形にこれ以上傷ついてほしくなかったからんて。そんな、美しく、綺麗で、何の淀みもない純粋な気持ちで対峙したわけではないのだ。
だから、そんな目で見ないでと、胸中で苦しく呟く。
『珠璃』
「!」
『どうするのかを決めるのは珠璃だよ。どうする? このまま、青龍の言葉を跳ね除けて別の国に行く? それとも、青龍に協力する?』
小鳥の優しい声を聞きながら、珠璃はそれでもどうするのかをなかなか決められないでいる。
もし、自分が協力したとして、それで結果が出なければどうなるのだろう? 欲しいと言っている【四神】の紋章はやっぱりもらえないのだろうか。それならばここに滞在しても何の意味もない。そう、効率で考えるのならばそんな協力して成功するのかどうかもわからないことに手を貸すよりも、先に違う国へ行って紋章をもらってきた方がよっぽどいいはずなのに。
(何でこんなにも迷っているのよ、私……)
頭の上に戻っている小鳥がもぞもぞと動いているのがわかる。その羽毛が微かに頭皮に当たるのを感じながら、珠璃はそっと顔をあげれば、萌黄色の瞳と視線が絡まった。
どきりと心臓が高鳴る。期待されているのだろうか。それでも、特に何も感じず、ただ自分を見ているだけなのか。それもわからない。
「……珠璃。わたしの言葉は、あなたへの負担になっていますか?」
「……負担、と言われると、わからない……」
「あなたをこの国に縛り付けたくて言っているわけではありません。ただ、一つの選択肢として考えて欲しいだけです」
春嘉のその言葉に、珠璃はもう一度顔をうつむけてしまう。こんな時でも、自分のことしか考えていない自分自身に、珠璃自身が嫌悪感を抱いてしまう。
(けれど、その選択をして解決が遅れて仕舞えば……私が願いを言葉にする機会が先になってしまうのではないの……?)
ずっとずっと胸に溜め続けていた言葉を、声を、届けることができなくなってしまうのではないかという不安が珠璃を支配する。
と。
「うじうじ悩んでも、答えは出ない。それなら協力をした方がよっぽど建設的だと思いませんか? 珠璃様」
「!」
「何かを悩んでいるのは見てわかりますけど、それでもそれをいつまでもグジグジと考えても答えが出ないのなら、手伝ってください。選択肢と春嘉様は優しく言っておられますが、要は協力して! とワタシ達はあなたに泣きついているのが現状なのです」
「な、泣きついて……」
「ええ。だってワタシ達だけではもう手に負えないんですもの。どれほど被害が出ないようにと頑張っても、多少は犠牲にしなければ守れない。兵を派遣したとしてもいつ現れるかもわからないその異形を待ち構えていれば、街人だって怯え怖がって安心した暮らしを送れない。すでに、ワタシ達は手詰まり状態なんですよ」
「鈴……」
「なんですか。本当のことですよ、春嘉様。それに! 一つの選択肢としてー、とかカッコよく決めようとしても無駄です。ワタシ達は泣き付かなければいけないんですから! 珠璃様、お願いします。ワタシ達を、ワタシ達の国を、助けてください!!」
懇願の規模が大きくなりすぎではないかと珠璃は正直に思う。もぞ、と小鳥が頭の上で動く。
『珠璃の好きな選択をすればいいよ。君の心は、何を選択したと思っているの?』
「……私、私は………」
唇が、声が、震える。
もしかしたら、そんなものは自己満足だと言われるかも知れない。偽善だと責められるかも知れない。それでも。
「……私は、春嘉さん達と一緒に、問題を解決したい」
目の前で苦しんでいる人がいる。助けを求めてくれている人がいる。その人達に背中を向けることは、珠璃にはできない。
苦しそうにそう吐き出した珠璃に、春嘉が、鈴が、少し意外そうな驚いた表情をして、しかしすぐに珠璃のすぐそばに近づき、侍った。
「その選択をしてくれたこと、心から感謝いたします、珠璃」
「わがままをもうしてしまい、申し訳ありません。できうる限り、あなたの力になれるよう努めてまいります」
そう言って頭を下げた二人を、今度は珠璃が驚いた表情を見ていることしかできなかった。
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