第14話

少女の気が済むまで治療をさせていた珠璃は、それが終わったのを見計らってようやく声を上げる。



「ところで、あなたはどなたなんでしょうか?」


「あ、申し遅れました。ワタシ、あなたを無理やりここに連れてきた兵士の妹です」


「……ああ、あの助けてくれたのかよくわからない人の……。でもここにいるってことはやっぱり助けて貰ったということなんですね」


「そうでしょうか? あなたを監視するためにここに連れて来ただけかもしれませんし。ワタシは、明らかにけが人の女性を無遠慮に腕を引っ掴み引きずっていた我が兄に鉄拳を叩き入れた後にそのまま奪って今ここで治療しているだけですから」


「……」



 なんだかとても聞き捨てならないことを言ったような気がしたけれど、きっと気にしてはいけないことなのだろうと珠璃は考え、そのまま黙った。珠璃の頭の上でちょこんと乗っている小鳥も、先ほど水たまりの中に叩き落とされたのが効いたのか大人しく黙っている。


 そんな少女が珠璃と小鳥を見てニコッと笑う。少しだけ背筋がゾッとした。



「それはそうと、あの、春嘉さんは? 入れなくてもいいの?」


「えっ、あの人をここに入れてもいいんですか?」


「? 私は別に構わないけれど?」


『ダメ!絶対ダメ! だって、珠璃の肌を見た!!』



 珠璃がなんともないような口調でそういったが、断固反対の態度を取ったのは小鳥だ。小鳥は珠璃の頭の上でバッサバッサと羽を羽ばたかせて抗議している。


 そんな小鳥を珠璃が宥めた。



「肌を見たといっても、手巾で隠れていたわけだし全然気にしないよ。そもそも、この発育を見せて申し訳ないと思ってしまうぐらいだし」


『発育云々の問題じゃなくない!? 普通もっと恥ずかしいでしょ!?』


「私はあまり気にしないってだけだから。見られて減るものでもないし?」


『ボクはすっごく嫌だったんだけど!? なんでボクの方が嫌がっているんだろうね!?』


「小鳥さんは私と出会ってまだ本当に数日しか経っていないのに、私に懐きすぎじゃないかな……? いや、嬉しいんだけど、ちょっと心配もするよ?」


『懐くのは珠璃だけだもん!』


「そっか。ありがとう」


『すごい流されている感がする! ボク本気なのに!?』


「いやいや。思いはちゃんと受け取ったよ? でもほら、今ここに春嘉さんを呼ばないと、話が進まないと思わない?」


『うぐっ』


「小鳥さんはそのまま私の頭の上に乗っていればいいから。さて、春嘉さんをここに呼んでもらっても? まだ扉の外で待っていてくれているんでしょう?」


「……お姉さん、強いですね……」


「そう?」



 普通は異性に肌を見られて仕舞えば「もうお嫁に行けない!」と号泣してもいいぐらいなのに、珠璃ときたら別に気にしないと言っている。その上、むしろ見せて申し訳ないとかいっているため、少女も反応に困って今まで黙って話を聞いていることしかできなかった。


 けれど、たしかに珠璃との言う通り、春嘉がこの場にいなければ話は進まないのも事実であるため、少女はため息を大きくついて、扉の外にいるであろう春嘉を呼ぶ。


 扉が恐る恐る開き、春嘉が入ってきたが、寝台の上にいる珠璃を見て春嘉がもう一度扉をぱたむ、と閉じた。「え?」と珠璃が首を傾げたが、扉の外から春嘉が叫び、ああ、と納得をする。



「せめて衣を着せてください!!」



 そういえば、未だに少女から渡された手巾一枚で体を隠していたことを思い出し、珠璃はのそのそと衣を着たのだった。




 ようやく部屋の中へと入ってきた春嘉は、何故か顔を真っ赤にしていた。何故そんなに? と思わず聞いてしまったが、即座に小鳥に頭をその小さな嘴でていっと突かれたのと、珠璃のそばに控えるように立っている少女に「ちぃーっと黙りましょうねー」と笑顔で言われたため珠璃はたじろぎ、その疑問を見事になかった事にされたのは仕方のないことである。


 わざとらしい咳払いをした春嘉が、ようやく本題を口にした。



「珠璃、申し訳ありませんでした。我民が……」


「気にしなくてもいいですよ。まあ、しょうがなかったということで。幸い、致命傷になるような傷も負っていませんでしたし」


「そういう問題では……!」


「いいんですよ。私は命が脅かされなければたとえこの体が傷だらけになったとしても全くかまいませんから」


「……それは、女性が口にする言葉であありませんよ、珠璃」


「いいんですってば。あれは、異物を排除しようとする人の本能。あの時あの場所にいた人たちには、私があの異形の存在と同じように見えたのだと思います。けど、それをいちいち気にしていたら私の身が持ちません。ですから気にしないでください」



 寝台の上で、そう淡々と語った珠璃の瞳には、本当に恨み辛みを内包している様子が全くなく、むしろどうでもいい事柄のように扱っている感じさえあった。それに微かに違和感を覚えながらも、春嘉は謝罪を重ねる。



「ですが、あなたが気にしないといったとしても女性の体に傷を負わせてしまったのは事実です。せめて、傷が治りまではここに……」


「……私は、いつまでここにいなければいけないですか?」


「え?」



 珠璃の突然のその言葉に、春嘉は一瞬何を言われたのかわからなかった。

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