第13話

どこかについたと言われたような気がしたけれど、珠璃はすでに気力の限界がきており、腕を掴まれている状態のまま、彼女は体から力を抜いたのだった。





 夢を見たのだ。


 “それ”は目を見張るほどの輝きをしており。


 “それ”はとても大切にされていた。


 それなのに突然消え失せたのだ。


 懸命に探した。それなのに見つからなかった。


 もしかしたら、“自分”が就任してしまったから、このようなことが起こったのではないだろうかと、不安が胸中を占める。


 それでも、もう逃げられないのだ。


 だからこそ、受け入れた。受け入れたのに、拒絶された。


 では、どうすれば良い?


 ――うつろいに任せるように、過ごしながら、地味に探すしかない。


 そう結論づけたのだ。






 ふと、まぶたが持ち上がり、珠璃は覚醒する。


 何かの夢を見ような気がする。けれどそれがなんなのかはっきりとしない。何かがつっかえるような気持ち悪さを感じながら、珠璃が体を起こそうとするも、全身に痛みが襲ってきて呻き声をあげたまま体は沈む。


 痛すぎる、と少し涙目になりながら、珠璃は動く首を使って辺りを見回した。


 なんとなく見覚えがあると思いつつ、どこだったっけ? と考えていると、自分のすぐそばに小鳥が小さく丸くなって眠っているのを見つける。小鳥のまま眠っている姿は少し新鮮で可愛いなと思いながらじっと小鳥を見つめていると、容赦なく、扉をばったーんと開けられて珠璃はもちろん、小鳥も驚きて目を覚ましてしまう。


 もう少し静かに入ってこられないのか、と思いつつ、珠璃はなんとか首を動かして扉の方を見ると、そこには小さな女の子が一人、その体には少し大きめの水桶を抱えたまま立っていた。



「起きましたかっ?」


「……今の音で起きないのは、相当だと思うけれど……」


「起こす勢いで開けましたから!」


「……そう……」



 ならば聞かなくてもよかったのではないだろうかと思いつつ、珠璃はぽすんと首を落とす。どうやら寝台の上に居るようだし体は全身が痛いため、大人しくしていようと思っていると、水桶を持った少女がてててっと近づいてきて、寝台のすぐ横にある小さな机の上にそれをよいしょ、と声を上げながらおく。その後には部屋にあるタンスの中から手巾を取り出し、それを四、五枚ほど持ってもう一度珠璃のそばに寄ってきた。



「それじゃ、痛くても我慢してくださいね?」


「…………え?」


「よーいしょ!」


「いっ、いたっ、痛い痛い痛いっ!?」


「だから我慢してくださいっていったじゃないですか!」


「お、お願いだからもうちょっと優しくしてくれませんかね!? 私は別に痛みを感じない人間では無いので!」


「知ってますよ! でも、ワタシ子供だから優しくできることに限界があります! ので、できないことは容赦なく全力で痛みを伴う方向で頑張らせていただきます!!」


「頑張り方おかしくないかなっ!?」



 珠璃の思わずのツッコミにも特に悪気なくへらっと笑っている少女に、少し恐怖を覚えてしまいつつ、珠璃はそれでも大人しくしていた。というのも、少女は言葉通り、自分で優しくできる部分に関してはこれ以上ないほど負担を伴わないように細心の注意をしてくれているからである。わざとではないということを理解させられ、珠璃は大人しくしているしかできなかったのだった。


 女の子がせっせと珠璃の全身の治療をしてくれていると、再び扉が開く。


 流石にえっ、と思い扉の方を見ればそこに立っていたのは春嘉。



「珠璃、申し訳ありませんでした。まさか、あのような暴動になるとは思いも…… ――」



 言葉が止まったのは、珠璃の状況を見たからで。


 珠璃は現在、上半身はほぼ裸の状態である。それも女の子が治療をしてくれているからであり、一応、胸元は隠れるように、持ってきていた手巾の一枚を広げてかけてくれてはいるが、それでも、異性に見せられるような格好ではない。


 春嘉の方はまさか珠璃がそのような状態だっとは本気で思っていなかったのか、その萌黄色の瞳をこれ以上ないほどに見開いている。


 正直、珠璃としてはこんな貧相な体を見せてしまい申し訳ないなぁ、と少しズレたことを考えていたのだが、それはあくまで珠璃だけの感情である。その場にいる者――女の子と小鳥、そして春嘉は現状の理解が追いついた途端、大騒ぎが始まった。



「ぎゃあああっ!! 春嘉様、何勝手に入ってくれちゃってるんですか!? 破廉恥変態!!」


「なっ、ちょ、ま、待ってください! まさかこのような状況だとは思わなかったからで……!!」


『けど普通は入る前に声をかけるだろーっ!?』


「そうだそうだ! 春嘉様見損ないました!!」


「なっ、ちょっとお待ちなさい! これはどう考えても不可抗力で――」


「それをいうのは貴方様でありません!! あとりあえず出てってくださいーっ!!」



 そういうが早いか、女の子が自分のすぐそばにあるあの水が並々と入った水桶を片手で引っ掴みそれをぶんっ、と春嘉に向かって思い切り投げつけた。



「……」



 春嘉は「うわあっ!」と悲鳴を上げ、さっと扉の外に退避し、水桶は壁に当たって床に落ちる。水浸しになった床を見て女の子が「掃除しなきゃ……」と少し絶望した声を揚げていた。


 しかし珠璃は言いたかった。


 たとえ火事場の馬鹿力といえども、その筋力があればもう少し優しくしてもらうことも可能だったのではないかと。


 懸命にも言葉にしなかったのは、利口だったのだろう。小鳥も同じことを女の子に訴えたら、そのままむんず、と掴み上げられ、スタスタとどこかに連れて行かれるのかと思ったら、水がぶちまけられた床の上に、ペイッと落とされていた。

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