第12話
「春嘉様! 近づいてはなりません!」
「あの者は、我が国に禍をもたらしたのですよ!?」
「もし万が一、あなた様の身に何かがあったらどうなさるのですか!」
「……っ! あの娘は安全と証明します! 通しなさい!」
「春嘉様!」
どれほど訴えても自分の言葉を聞いてくれない民達が行手を阻む。手を伸ばそうとしてもそれすらも阻まれてしまう。大人が子を使って春嘉の手を取らせれば、それを振り払うことができないと分かっているのだ。
今、春嘉は混乱してしまった。
どうして目の前で血塗れになってでも自分たちを助けてくれた少女をここまで蔑ろにできるのだろうか。彼女が体を張ってくれていたから、この場にいる者達は無事でいられる者も多いというのに。なぜ、そんな彼女を危険視してしまうのか。
「どいてくれ……!」
そう、悲痛な声で訴えたところで、周りの人間に声は届かない。
『珠璃!』
春嘉の手から逃れた小鳥が珠璃によっていく。羽を広げ、その小さな体で必死に羽ばたいて。血塗れの少女のそばに降り立つ。
『珠璃、珠璃! 意識ある!? 大丈夫!?』
「……ん」
『どこかに、どこかで休もう! じゃなきゃ、珠璃が死んじゃうよ……!』
「死なないよ……私は死なない。絶対に、死にたくないから……』
『当たり前だよ! 死にたくないと思うのは当たり前! でも、今無理して動いたら自分から死にに向かっているのも同然だからね!? さっきの異形が今なら弱ってて、撃つ絶好の機会だからって行こうとするのは許さないからね!?』
「……小鳥さん、なんでわかったの……」
『分からない方がどうかしてるよ!?』
先ほどの無茶な体の張り方を見ればたとえ付き合いが短くともわかってしまうのはしょうがない。小鳥に行動を全部言われてしまった珠璃はとりあえず黙っておこうと無言になった。
『無言になって逃げようとしても無駄だからね! 絶対に休ませる! それでもいくっていうのなら、ボクが絶対に先行していくからね!?』
「……小鳥さん、それ、腕をぶんってやられて当たったら終わっちゃうよ……?」
『ふ、不吉なこと言わないで……でもそのぐらいの覚悟はあるってことだからね!?』
「………はい。わかりました。大人しくしてます」
『よし! とは言ってもどこに行こうか? ……街中は、ちょっと無理そうだもんね……かと言って森の中はもっと危険だし……』
小鳥の疑問に珠璃もどうすればいいのかを考える。確かにこの状況では、自分が街中に入るのはきっと無理だろう。先ほどの二の舞になるか、今度はもっと残酷な方法をとられるかもしれない。遠目で自分たちを見ている人は、きっと珠璃と会話を交わしている小鳥を見て、何かしら察することができるだろう、そうなると、小鳥だって危険なのだ。
(まあ最悪、森の中で休む時は小鳥さんと一緒に木の上で休むとかすれば大丈夫かしら……?)
と、多少無謀なことを考えていると体が突然、ぐんっと引っ張られる。
怪我をしている左の腕を容赦なしに握り引っ張られた珠璃は声にならない悲鳴を上げ、生理的に涙がじわりと浮かぶ。
『珠璃! ……っ、何をするんだ!』
「ついてこい」
淡々とした声でそういった相手の顔を見ることも叶わず、珠璃はそのままずるずると引っ張られていく。そんな珠璃を解放してもらおうと小鳥がバサバサと羽を羽ばたかせているが、相手は微塵も気にすることなくただただ歩いていく。
このまま意識をなくしてやりたい気持ちになりながらも、痛みのせいでそれもできないと悟った珠璃は同じように黙々と歩みを進める。
「……」
珠璃が、誰だか分からない相手に引っ張られるように連れていかれる時、相手は当たり前のように街の中に入ってく。珠璃に暴言を履いた人も、ものを投げつけた人も。引っ張られる珠璃を間近で見て、はっと息を飲む。
全身が傷だらけになっていて、来ている衣も、裂けて肌があらわになってしまっているところが何箇所も存在する。それは腕だったり、胴の部分だったり、足にも何箇所も存在している。あらわになっている部分からは、血が流れていたり、すでに固まっていたりと、真っ赤になっているのが確認できる。それは、異形のものと闘っていたときにできたものももちろんあるだろう。しかし、明らかにそれらは背中側に多く見られる痕跡であり、それはすなわち、“自分たち”の攻撃した後だとまざまざと見せつけられたのだ。
唯一無事なのは頭なのだろう。小鳥が珠璃の頭の上にちょこんと乗っているのを見て、ほっとした気持ちに駆られるが、それは安心していい場面でもないとわからないのだろう。
小鳥は、周りに思い切り圧をかけながらそれでも大人しく珠璃の頭の上にいる。
自分たちの罪をみろと、そして自覚しろと言いたいが、それをなんとか飲み込んで、小鳥はギュッと小さく丸くなったのだった。
「珠璃……」
春嘉の声が聞こえたような気がしたけれど、珠璃にはもう、それに応えるだけの気力がなかった。
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