第11話

突然、轟音が響く。



「!?」


『な、何っ!?』



 驚きに声をあげ、轟音の方を見れば、そこにいたのは武器を一つも持たずにいる珠璃と、そんな珠璃と対峙しているのはつい昨日、襲ってこようとしていた異形のもの。


 その場が騒然となり、所々から悲鳴が上がるが、それを春嘉がなんとか宥めていく。


 悲鳴が聞こえていたその場からは少しずつ春嘉のおかげで落ち着きを取り戻し、危険から遠ざけるように後退させていくが、代わりにその場にいる全員の視線が異形のものとそれに対峙している少女へと釘付けになる、


 生身のまま、ギリギリの状態で異形のモノからの攻撃を避けている少女。それは、他から見ている者達からすると、異様以外の何者でもなくなっていく。


 あの少女が来てから。


 なぜ、あの異形の存在は逃げ惑っている自分たちに見向きもせず、一瞬大人しくなったのか。


 そして、あの少女が前に出てから。


 なぜ、あの異形の存在は、彼女のみに狙いを定めて攻撃を繰り出しているのか。


 きっかけが、今異形のものと対峙している少女という存在であることに間違いはなく、そしてそれは、その場にいる全員に疑問と疑念を抱かせるに十分な材料になっていく。


 ――あの少女が来たから、自分たちはこれほどまでに苦しめられたのではないのだろうか、と。


 いまだに異形のものと対峙している少女は必死になって攻撃を避けている。けれどもしそれが演技だったのなら? このまま町の中に入り込み、すべてを壊していくのではないだろうか? 家屋も、人も。全てを無に帰すために、彼女があの異形をこの街に、この国に、引き入れたのではないのだろうか――?


 そう疑問が膨らみ、戦っている珠璃の背中を見ればそんな妄想はただの妄想だとわかるはずなのに。想いに囚われたその場にいる人々はゆらりと立ち上がる。


 その異様な光景に、春嘉がハッとしたように体を揺らすが、止めに入るには微かに遅くて。



「――出ていけっ!!」


「ぃ……っ!?」



 突然走った痛みに、珠璃は動きを止める。そして異形は、それを見逃してくれるほど優しくはない。珠璃は左の腕をその鋭利な爪で引き裂かれる。飛び散る血にくらりとめまいがしそうになるのをなんとか押し留めながら体を叱咤して異形から距離を取る。



「お前がここに来なければ、ここはずっと平和だったんだ!」


「なぜここに来た! 疫病神!」


「出て行け! 二度とくるな!」


「待ちなさい! あなた方は何を言って……っ!」



 春嘉が必死に己の民を宥めようと言葉をかけるけれど、もうその言葉は届かないのではないかというほどに、彼らの目は血走っている。小石が、瓦礫が、家屋を支えていたはずの木片が、陶器の器の破片が。様々なものが、異形と対峙しているはずの珠璃に飛んでいく。背中に思い切り当たる。腕をかすめる。肌を傷つける。血が、飛び散って、辺りを少しずつ少しづつ、染め上げていく。


 それでも、珠璃は逃げない。その場から動こうとしていない。



「珠璃!!」



 春嘉の声が聞こえていないハズがないのに、珠璃はそれすらも黙殺して。


 自分に向けられている攻撃的な言葉も、飛んでくるものも、耳を塞ぐでもなく、避けるでもなく。全てを受け止めている。



『珠璃! 逃げて! 逃げてよ、珠璃!!』


「逃げない……絶対に逃げないから……だから、大丈夫」


『何が大丈夫なの!? 体は傷だらけだよ! 血がっ、いっぱい出てる! そんなに傷つかなくてもいいはずだよ! 珠璃が背負わなくてもいいんだよ!!』


「……いいの、いいのよ、小鳥さん。これが、私の役目なのよ……きっと、役目なの……」



 そう言って、珠璃は一瞬の隙をついて異形のものの懐に入り込む。渾身の力を出して、珠璃は異形のものを思い切り殴った。


 しかし、背後から受けた様々な攻撃のおかげで力が入りきらず、異形のものは珠璃の攻撃を受けても微かによろめいただけでまたこちらに向かってこようとしている。


 流石にもう避けることも受け止めることもできないと珠璃が考えながら異形を見、異形が珠璃に向かって向かってくるのを認めて避けようとしたけれど、膝から力が抜けて、かくん、とその場に崩れてしまう。



「――っ、珠璃!!」



 春嘉が叫び、珠璃に向かって手を伸ばす。其の瞬間にどこからともなく現れた木々が珠璃を守るように囲い込む。それに驚いたように目を見開いた珠璃はしかし目の前で木々に遮られて体制を崩した異形のものに攻撃を加えるために、自分を囲っている木々の中でおりやすそうな細枝を引っ掴みそれを思い切り折ってそのまま異形のものに突っ込んでいく。


 予想外の珠璃の攻撃に反応が遅れた異形のものはその腹部に細い枝を突き刺される。悲鳴にも聞こえる鳴き声を上げながら異形のものが森の方へと退散していくのを確認しながら、珠璃は全身で息を整えていたが、緊張感が一気に解けてしまったのと、ずっと受け続けていた体の傷が痛みをようやく訴えてきて、その痛みに耐えきれず、そのまま体を地面に落としてしまう。



「珠璃!」



 春嘉の叫びの声が聞こえてくるけれど、珠璃にそれに応えるような余裕はなく、それどころか、春嘉を珠璃に近づけさせないようにと彼の民が春嘉の行き先を塞いでしまう。

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