第10話

珠璃がそのようなことをするとは思っていなかったのは、その反応で一目瞭然だったが、珠璃自身は気付いていないのか、驚いた表情で自分を見ている春嘉に首を傾げている。


 その幼さに、先ほどまで面と向かって話していた少女と重ならなくて、一瞬混乱するが今はそれどころではないと頭を切り替えて春嘉は珠璃から無理やり視線を外し、被害が出ているという場所にすぐに行くと馬を用意させる。


 そんな春嘉に続くために珠璃も馬に乗ろうとしたけれど、ここで初めて自分が馬に乗ったことがないということに気づく。



「……すみません、春嘉さん。私、馬に乗ったことがありません」


「はっ!?」


「武術は教えていただいたので、乗った時のコツとかは知っているんですけど、実践をしたことがなくて……どうすればいいですか? 走ってついて行く感じですかね?」


「……馬の速さについてこられる訳がないでしょう。とりあえず、わたしと一緒に乗ってください」


「……はい、ごめんなさい……」



 そう言って、珠璃は謝罪を口にし、春嘉に手を引かれて馬上に移動する。しっかりと珠璃を自分の前に乗せ、手綱を握った春嘉はようやく馬を走らせて被害が出ている地区へと急いだのだった。



「……小鳥さん、あの……」


『珠璃、今は言わないで』


「でも、……でも、私……」


『確信はまだ持てていないんでしょう? なら、もう少し待って。君が何もかもを背負う必要なんてないんだから』



 珠璃と小鳥のその会話を聞きながら、春嘉はそれでも馬を走らせる。馬を操りながらちらと盗み見た珠璃の様子は、何処か寂しそうで、悲しそうな雰囲気だった。







 呻き声が上がる。唸り声が聞こえる。悲鳴が上がり、何かが壊れる音が響き、それによってさらに悲鳴が大きくなる。


 負の悪循環に陥れられたその場所に、珠璃たちはようやくたどり着きその様子を目の当たりにして言葉を失った。


 怪我人がそこかしこに存在し、血もたくさん出ている。すでに助からない人はぐったりとし、その下には流れ出た血がまるで池のように広がる。それが点々と存在し、遠くから見ると、まるで血の海を見ているような光景に見えてしまう。気分が、悪くなる。



「被害状況の報告は後で良い! 今はまず、けが人を安全な場所へ移動させることを優先せよ!」


「大丈夫か!?」


「捕まれ! 行くぞ!」


「子供が……!」


「一人であちらへ先に向かってくれ。子供を連れて必ず行く!」


「妻が!」


「夫が!」


「恋人が!」


「妹が!」


「姉が!」


「兄が!」


「弟が!」


「家族が!!」



 様々なところが、叫びが聞こえてくる。悲痛な叫び。胸が痛みを訴えてくるのを、なんとかごまかし、珠璃はさっと春嘉の手を借りることなく馬から飛び降りる。



「珠璃ッ!」



 春嘉の制止の声が聞こえてくるけれど。だめだと思うのだ。


 ここでじっとしていても、何も始まらない。ただ終わりを見ていることしかできず、そうして、後悔が一つずつ積み重なっていくのだ。



「勝手な行動はよしなさい! あなたは……!」



 その言葉は、珠璃の身を案じているがゆえの言葉なのか、それとも、疑っているからこその牽制なのか。


 それすらももうわからないけれど、珠璃は直感的に感じていたのだ。


 ――この場に止まっていてはいけないと。


 そう、感じたのだ。



『珠璃ッ!! 危ないよっ!!』


「小鳥さん、私は大丈夫だから、あなたは、春嘉さんと一緒にいてもらってもいい?」


『信用してないんでしょ!? ボクを渡さないって言ってたじゃない!』


「この状況では、そんなことは言っていられないわ。多分……この惨状は……私のせいだよ……!」


『そんなはず――』



 ない! と力強く否定しようとしたのに、その前に珠璃が両手で小鳥を包み込むように持つ。花の蕾に見立てるような形をした珠璃の手の中に小鳥は閉じ込められてしまう。ピィ、ピィ、と鳴き声を上げて抗議をするけれど、珠璃はそんなことはお構いなしに、そのまま何処かへ移動している。


 小鳥の視界が開けた、と思った瞬間、珠璃は小鳥を思い切りぶん投げた。



『なんでーっ!?』



 思わずそんなことを言ってしまう程度には小鳥も混乱し、そしてなされるがままに飛ばされる。



「ぅわっ!?」


『!!』



 何かに叩きつけられることはなかったが、代わりに、珠璃とはちがう、人の手の中に落ちたことは理解できた。くらくらとしている頭と視界を無理やりぶんぶんっと頭を振って追いやれば、小鳥は自分が春嘉の手のひらの上にちょこんと乗っていることを自覚する。



『……』


「……」



 お互いに何を言えばいいのか分からなくて無言になってしまう。


 が。



『ケダモノ――ッ!!』


「なっ!? 小鳥! 流石に失礼なのでは!?」


『ボクに何をしようとしたのかを理解してから言えこのやろぉぉぉっ!!』



 流石にそう言われてしまうと何も言い返せなくて、春嘉はそっと視線を逸らしてから先ほど珠璃がやったのと同じように掌を合わせ花の蕾のような形にし、その中に小鳥を閉じ込めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る