第9話
そんな珠璃の殊勝な態度を見、青年はひとまず安堵した。そうして、初めて己の名を珠璃に告げたのだった。
「――申し遅れました。わたしは
そうして、青年――春嘉は珠璃に軽く頭を下げたのだった。
◯
それで、と珠璃が言葉を紡ぐ。
「春嘉さんが私をここまで警戒してそば置こうとしている理由は、今この国で起こっている問題というものに関係があるのでしょうか?」
「……君は、本当に村娘なのかい? ちょっと感が良すぎると思うんだが……?」
「それ以外に考えが思い浮かばなかったんですよ。私は別に聖人君子ではないし、純粋な夢見る女の子というわけでもないので。……現実は現実として、ちゃんと受け入れ、それが残酷なこともあるってちゃんとわかっているつもりですし」
「君のような小さな女の子がそこまで悟るって……君を育ててくれた方はよほど厳しかったのかい?」
「いえ? 多分、この世界の誰よりも、すごく親切で……すごく温かい人たちだったと思います」
そういった珠璃は、彼女自身も気づかないほどに柔らかな表情を出していた。それに驚きながらも、そのことに対して何かを言ってはいけないと春嘉は理解し、黙ってそれを見過ごす。
と、珠璃の肩の上に乗っていた小鳥が珠璃に話しかける。
『朱璃、新しい情報』
「えっ?」
『昨日、ボク達を襲ってきたあの変な異形の生き物。どうやらここ最近はずっとああやって街の人たちを襲いかかろうとしているみたい。『東春国』がちょっとした異常気象になったことにも関係しているのかも……』
「……昨日のあの子か……春嘉さん、あれは一体なんだったんですか?」
小鳥との話を切り上げ、珠璃は春嘉にそう言葉をなる。春嘉は小鳥をじっと見つめて、首を左右に振り、珠璃に向き直って質問に答える。
「わかりません。しかし、あれは突然現れたのです。そして、我が国の森の中に住処を作り、ああして人に襲いかかってくるのです」
「それを、あなたがずっとああやって撃退していたのですか?」
「ええ。ただ、わたしは武術があまり得意ではないので、仕留めることがなかなかできなくて……」
「では、私が接近します。武器を貸していただいても?」
「えっ!? ちょ、待ってください。さすがに、あなたを前線に出すのは気が引けますので、別の方法を考えましょう」
「そんな悠長なことを言っている場合ではないのでしょう? ならば私が前に出ますよ。剣の扱いは教えていただいたので大丈夫です」
「いえ、そういう問題では……」
さすがに、未成年の少女にそのようなことを頼むのはできない。それならば、苦手と分かっていても自分で前に出ると春嘉は本気で考え、それならば長剣でも持たなければと考えに至る。
どこかに自分専用の武器があったと思うのだが、ずっと使っていなかったから絶対に埃かぶっているよなぁ、と思いつつ、そもそもどこにしまったのかと思い出を手繰り寄せる。そんなことを考えながら悶々としている春嘉を珠璃はじっと見つめていたが、話が進まなくなってつまらなくなる。肩に乗っている小鳥に手を伸ばして指先で撫でたり、手のひらに移動させてそのふわふわの羽毛を頬に擦り付けたりとしながらなんとなく時間を潰していると、扉のおく、外へと続く廊下の上で何やら騒ぎがあったのか、ざわめきが聞こえてくる。
珠璃たちが反応して廊下を見つめていると、春嘉に付き従っているのであろう一人の男性が慌てたように部屋に入ってくる。
「春嘉様! 大変です!」
「何事ですか?」
「またあの異形のものが現れました!」
「な……っ!?」
「今までは、連続して姿を表すことなどなかったはずなのに、今、城下町は大混乱を極めております!」
「……わかりました、すぐに向かいましょう。珠璃さん、あなたもついてきなさい」
「え? あ、まあ、いいですけど……何か武器を貸してくれませんか?」
「誰があなたを前線に出すなどと言いましたか。とりあえず、今はわたしの背中に隠れていればそれでいいですから。さあほら、行きますよ」
そう言って、春嘉は珠璃をせかして部屋から出て行く。
紺青色の髪を揺らしながら歩くその後ろ姿を見て、珠璃はとりあえず言われた通りに行動をする。手のひらに乗せていた小鳥をもう一度肩に乗せて、髪を適当に紐でくくりそのまま春嘉の後ろを歩いていく。
珠璃の後ろからは先ほど春嘉に状況報告に来た男性がついてきており、その腰には業物がきちんと備えてある。流石に警戒しすぎなのではないだろうかと思ったが、この状況が今の珠璃の現状なのだと理解して、甘んじてそれを受け入れる。
小鳥の方が不満そうにぷくっとしているのを感じながら、珠璃はそれでも春嘉を追って歩いていた。
外に出れば、太陽が光を浴びせてくる。その眩しさに手を挙げて日差しから目を守るようにし、春嘉の姿を探す。すぐそばに、春嘉の背中を見つけ、珠璃は手を伸ばす。春嘉の着物を背後からギュッと握れば、本気で驚いたのか、春嘉が体を半分捻って背後を見、そして自分の着物を掴んでいるのが珠璃と気付いてさらに目を見開いた。
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