第7話
お互いにしばらく無言で見つめあっていたけれど、珠璃が先に口を開く。
「それで? ここまでのことをしたのならば、疑いが晴れた私は、私の願いを叶えてもらってもいいと思うのだけれど?」
「何をおっしゃるのやら? あなたの疑いが晴れたわけではありませんよ。その無謀な勇敢さに手を引いただけです」
「あら、褒め言葉ですわね。私の祖父母はそういわれたら最高の褒め言葉なのだと教えてくださったの」
「そうですか? ではわたしは、あなたに最高の褒め言葉を送った男なのですね。大変光栄です」
「…………」
ぴくりとこめかみが怒りで動いたけれど何とか抑える。ああ言えばこう言うとはまさにこの会話の応酬のことで、これほどまでに厄介な相手だったとはとおもわず唸ってしまいそうになるのを何とか深呼吸をして宥める。こういう場合、なぜか過剰に反応した方が負けているのだ。冷静にならなければと思い直し、珠璃は何とか気持ちを宥めて、そのままふいっと青年から視線を逸らす。
そんな珠璃の様子を見て青年の方も言葉の応酬が終わったことを悟り、そのまま部屋から出て行こうとする。
「では、今夜一晩、こちらでゆっくりとお休みくださいね、“珠璃”さん?」
名前を呼ばれた瞬間、珠璃は言いようのない苛立ちを感じてしまい、振り向いて思い切り青年を睨みつける。そんな珠璃の行動に青年は驚きに目を見開いていたが、すぐに表情を戻し、そのまま扉を閉めた。カチン、という音もしていたため、おそらく鍵も閉められたのだろう。内側から開けることができないことなど、扉をみれば一目瞭然で、珠璃はどうあがいても今日はこの部屋で眠らなければならないのだと思い知らされる。
はぁ、と大きくため息をつき、珠璃は寝台の上に体を思い切り放り投げる。ぼふんっと音をさせながら、珠璃が倒れ込む前に珠璃の肩から羽を広げて羽ばたいた小鳥がそのまま珠璃のすぐそばに降り立つ。
「ピィ」と心配そうに小さく鳴く小鳥に、珠璃は笑顔を見せた。
「いいの。こういうことには……まあ、慣れているから」
『慣れているって、何!? 何でこんな理不尽に慣れているの!?』
「まあ、いろいろあったのよ。私にも。あんまり人には話したくないから理由は言えないけれどね。さ、寝ましょう。本当は水浴びをして、自然になっている木の実を食べてとか思っていたけれど、ここではどうやら無理そうだし」
『水浴びは持ってこさせればいいよ! 食事だって、要求しても何ら問題はないはずだよ!!』
「……お腹すいた?」
『それは珠璃の方でしょ!?』
「……そうね。すいていないって言ったらきっと嘘になるけれど、ここで食べる気にはなれないわ。何を仕込まれているのかわからないし。何か、神託を受けたものっていう理由以外にも、別のことで警戒されているみたいだから……小鳥さんがお腹すいているのなら、流石に請求はしたくないから、私の荷物にある木の実でも食べる? 食べられるはずよ」
『だから! それは珠璃が……!』
「大丈夫よ。三日ぐらいなら何とかなるはず。理論上は、だけれども。ま、流石に飲み水は欲しいとは思うけれど、この状況だしね……私も警戒していればあちらも警戒しているから、多分無理だよ。あの扉が開くのは、明日、さっきの男の人がここにくる時だけだと思うよ」
そう言って、珠璃はコロリと体を横にして、自分の顔のすぐそばにいる小鳥を見つめながら手を伸ばし、指先で小鳥をよしよしと撫でる。柔らかな羽毛が指先に当たってとても気持ちがいい。
その柔らかさを堪能しつつ、珠璃はこの子は守りたいと強く願ったのだった。
◯
真夜中になり、珠璃の規則正しい寝息が聞こえてくる。
それを聞きながら、小鳥が姿を変え、少年の姿を形どる。寝台の真ん中で、それでも体を伸ばすことなく小さく丸くなっている珠璃を見て、今の珠璃がどれほど心細い思いをしているのかを目の当たりにする。
『……珠璃……』
そばにいるはずなのに、彼女を守れていない事実に、苦しさを感じてしまう。彼女を守りたいと願って、彼女のそばにいるために小鳥の姿になったのに、失敗だったと感じざるおえない。
小鳥の姿では、本当にそばにいることしかできない。羽を広げても彼女の視界を遮る事もできない。醜く、人の欲望が渦巻く世界をそのまま見せてしまう。それが、悔しくて仕方がないのに。
「……眠ったか?」
『!!』
扉の外から聞こえてきた男の声に、小鳥は反応する。そして、思い切り小鳥自身が持っている“力”を展開し、扉に触れようとした相手の手を弾き飛ばした。
「っ!?」
『……こんな夜半に、なぜここに? 珠璃はもう眠っているよ』
「その声は、彼女の肩にいた小鳥か? なぜ君のような小さき存在がわたしを弾くことが……」
『そんなことはどうでもいい。それよりも、用があるのなら、明日の朝にしてくれないかな? ようやく、深い眠りに入ってくれたんだ。ようやく安心してくれたんだ。起こさないでよ』
「……」
『夜這いをしたいのなら、もう少し、女の子への態度を考えてから来て欲しいな。まあ、珠璃に対してそんなことは許さないけれどね』
「君は、彼女の何なんだ? ただの小鳥ではないと分かってはいたが、わたしの想像よりもさらに上をいっている」
『答える義理はないよ。珠璃にした仕打ち、絶対に忘れない。たとえこの先、珠璃が許したとしても、ボクは絶対に許さないから』
そう言って、小鳥はさらに力の展開を強くし、微かな物音もしないほどの防御を展開する。外であの青年が何かを言っていたようだけれど、聞く耳など持つはずがない。
これでようやく、珠璃も安心して眠れる。睡眠を邪魔されることなく、ゆっくりと体を休めることができる。そんな貴重な時間を、無粋な人間に邪魔されたらたまったものではないのだ。
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