第6話
そんな青年を多少睨みつけるように見つめながら、珠璃は言葉を続ける。
「他にも、と言うよりはこれが一番の決定的な事柄だけれども。……こんな、窓が一つもない部屋に普通は客人を通すとは思えないからよ」
『!?』
珠璃のその言葉に、小鳥は慌ててもう一度部屋の中を見渡す。珠璃の言う通り、様々なものが揃っているにもかかわらず、客人用に部屋というにはなければならないはずの物――窓が、ひとつも付いていない。開閉式の物がないにしても、外を眺めたり、時間帯を知るために、嵌め殺しの窓が一つか二つは付いていてもいいはずなのに、この部屋にはそれすらも存在しない。青年の近くにある扉以外、外へと続く、もしくはその様子を見るためのものが存在しないのはたしかにどう考えてもおかしい。
小鳥が一気に警戒心をあらわにして青年を睨みつける。
『何でこんなことを……っ! 珠璃は何もしていないだろう!』
突然の理不尽に、小鳥が怒ってくれたことが意外で、珠璃は少しだけ小鳥を見るけれど、すぐに青年に視線を戻した。
青年はにこりと微笑んだまま言葉を発する。
「少し前に、『中の国』から来た商人が話しているのを小耳に挟みまして。まだ年はもいかぬ女の子が神託を受け、【四神】の紋章をもらうための旅をしていると。あなたがそうなのでしょう?」
「……たしかに、私はそう言う理由で『中の国』を追い出されたけれど」
「いなことを言いますね? あなたは、本来その役目を仰せつかるはずの人から、その役目を奪ったのでしょう」
「!?」
「元来、そう言った行事に選ばれるのは高貴な身分のものが普通です。にもかかわらず、あなたの身分はただの村娘という。肩に乗せているそのしゃべる小鳥は少々不可解ですが、それでも、あなたのようなものが選ばれる事が普通は
青年の言葉に、珠璃は何を言えばいいのかわからなくなる。
神託があったと、お前が選ばれたと、そう言われたのはたしかだ。たしかになぜ、村娘の自分にそのような大役が回ってきたのかと不思議でならなかったが、今目の前にいる青年の言葉で合致することがある。
神託があったと言われてから、ほとんど時間をかけずに城に連れていかれたこと。籠に乗せられてお披露目だと言わんばかりに城に連れて行かれたにもかかわらず、女王と面会をして即座に追い出されたこと。
(……なるほど。元々この信託を受けていたのは『中の国』を統べる女王だったと言うわけね……)
目の前の青年の言葉を理解するのならば、彼の言ったことを合わせて自分のこの状況、そして中の国での女王の言葉を合わせれば必然的に神託を受けたであろう人物は容易に想像ができる。
しかし、疑問もある。
(神様からの信託を、簡単にすり替えようと思うかしら……? 仮にも、神官という立場の人間と、一国の王という立場の人間が? それこそ、そんなことが露見してしまえば、神の怒りを買ってしまうかもしれないのに?)
そう、矛盾点をあげるとしたらそこだ。しかし、目の前にいる青年は何かを確信しているように決めつけて話しているようにも見える。もしかしたら、その商人とやらにそう言う話を吹き込まれたのかもしれない。
けれど。
「――たとえそうだったとして、けれどそうなると、私はその貴きお方の代わりに旅に出ていると言うこと。それをここまで蔑ろにされる言われはないわ」
はっきりと、そう言い切った彼女に、青年は初めて笑顔を引っ込めて驚きに目を見開いた。
「第一、今あなたが言ったように私はただの村娘よ。そんな私がどうやって尊きお方の神託を奪えると言うの? 私は、神官様に呼ばれるまで、『中の国』でも一際貧しい村で一人生活をしていたのよ。明日食べるものを調達することのほうがよほど大切だった私に、なぜそのようなことをしている暇があるというの?」
「……」
『珠璃……』
「むしろ私の方が被害者だわ。突然引っ張り出され、神託を受けたものとして大勢の人に見せびらかされて、女王様に面会をしたと思ったら次の日には追い出されて。着の身着のまま、旅をしてきた私に、ここまで非道なことをあなたはするのね」
挑発的なことを言っている自覚はあった。けれど。このままこの状況を受け入れることもできなかった。
珠璃は知っているのだ。一度理不尽を受け入れてしまったら、それが永遠に後にも続いてしまうことを。だからこそ、負けたくないと言う気持ちもあった。
「……たしかに、あなたの言っていることは理にかなっていることもあるようですが、それでも疑いが晴れたわけではありません。この部屋に置く事は覆さない」
「……そうですか。それではもうそれでいいです」
『珠璃!? ダメダメダメ! こんなことを受け入れる必要なんてどこにもない!!』
「いいの。あなたに危害が加わるようなことが起こる前に、従順になるわよ」
『!? な、何言って……』
「部屋の外。兵士がいるのでしょう。微かに金属が擦れ合う音がしているわ。私からあなたを奪う事も考えていると思うの。だって、あなたは私をとても心配してくれている存在だから。小鳥さん」
『それは当たり前だ! あんな理不尽なことを受けた珠璃を心配しないわけがない!』
「だから、あなたを盾にして、私を思い通りにしようとしているのよね? お兄さん?」
「……ただの村娘と言う割には、感が働きすぎなのでは?」
「育てて下さった方が、少し特殊な方達だったの。とても返しきれない恩を感じるほどにはお世話になったわ」
「なるほど。そのおかげで救われたと言うわけですか」
青年がそう言って何かを考えるように顎に手を置く。しかしそれはほんの数秒の間だけで、すっと片手上げて控えさせていたであろう兵士たちを下がらせる。
廊下の向こう側で、微かに鎧の金属がかすれる音がしたのを聞きながら、珠璃は青年から視線を逸らすことなく、また青年も珠璃から視線を逸さなかった。
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