第5話

結局。


 珠璃はそのまま青年に手を掴まれ、引っ張られてしまい森の中での野宿を諦めることとなった。別に問題ないですと何度も訴えたけれど、彼は頑として耳を傾けてくれず、気づけば、期待を裏切る事のない豪邸へと連れてこられた。



「……小鳥さん、逃げたい……」


『いいよといってあげられないこの状況……』


「知ってた……」


『まあ、とりあえず、屋根のある場所で一晩休めるということに安心すればいいんじゃないかな? ずっと野宿だったから、思っているよりも体は疲れていると思うよ? 今日はちょっとしたご褒美と思って、ここで眠ろう?』


「……そうなのかもしれないけれど……」



 そうボソボソと肩に乗っている小鳥と話している珠璃をちらと見、青年はその手を握ったまま歩き続ける。珠璃の手を握ったまま、奥へ奥へと進んでいく。そして、一際大きな部屋の中へと案内された珠璃は、その部屋の大きさに目を見開き、首を傾げる。


 疑問はひとつ。なぜこのような豪華な部屋に案内されてきたのかと言うこと。


 珠璃は今日偶然、青年と出会い、たまたま珠璃の状況を知った青年が珠璃を哀れんで一晩の宿を貸すと言ってくれただけだ。それならばこのような豪華な場所でなくとも何ら問題ないはずだ。珠璃からしてみれば、納屋など、そういったところでも全く構わないと思っているほどで、それがどうしてこんな部屋に案内されなければならないのかと疑問が尽きない。



「……あの」



 珠璃は我慢できずに自分をここまで案内して来てくれた青年に振り返る。扉の前で珠璃が部屋の中を見回しているのを見ていた青年は、珠璃の呼びかけに笑顔で応える。



「私、こんなにも豪華な部屋に泊まりたいとは思っていません。もう少し地味な場所を用意していただけませんか?」


「客人をもてなすのはわたしの務めなので」


「……客人と本当に思ってくださっているのならば尚更、この部屋には案内しないのでは?」


「!」


『珠璃? どうしたの?』


「小鳥さんは気づかない? この部屋の異様さに」



 珠璃の言葉に、小鳥は首を傾げる。特に何か不審なところがあるとは思えないけれど、と思いながら何度も珠璃の肩の上で部屋の中を見回す。


 大きく広い部屋には、真ん中に寝台が置いてある。その横には水桶などを置くための小さな台と、衣服を収納するためのタンスが壁側に。化粧をするための鏡台や、何だったらいっしょに紅や白粉も置いてある。これ以上ないほどのもてなしだと正直に小鳥には感じられる。


 わからなくて首を傾げながら「ピィ?」と小さく鳴いていると、珠璃が手を伸ばして指先で小鳥を優しく撫でる。



「……あなたは、純粋でかわいい。……私は、いつからこんなにも疑り深く、醜くなり果ててしまったんだろう……」


『珠璃……?』



 小さく呟かれた言葉の意味がわからなくて、小鳥が珠璃を呼びかける。しかし珠璃はそれに反応せず、扉の前に未だ立っている青年を見て口を開いた。



「もう一度言います。私を客人だと思って下さっているのなら、別の部屋にしてください」


「ここほど物が揃った部屋はほかにありません」


「お気になさらないでください。私は髪をきれいに梳ることも、肌に白粉を塗ることも、唇に紅を引くこともありません。持ってきた衣類もほとんどありませんので。それに、ここでは私は水浴びができませんので」


「湯をここまで持って来させますよ。それで問題ないでしょう?」


「――言い方を変えます。私をこの部屋に監禁しようとするその理由は?」


『監禁っ!?』



 珠璃の言葉に反応したのは小鳥が一番早かった。青年の方はある程度珠璃の言いたいことがわかっていたのか、笑顔のまま扉の前から退くことがない。まるで、この部屋から逃さないとでも言うように、珠璃の行手を阻んでいる。



『珠璃、監禁って何!? 何でそんな状況になったの!?』


「それは流石に私にもわからないよ、小鳥さん。でも、この方が私をここに閉じ込めようとしているのは確かだよ」


『な、何でわかるの? この部屋は何でも完備されているんだよ? これ以上の部屋はないって彼も言っていたじゃない?』


「まずはそこが疑問だよ、私は。どうして今日会ったばかりの、どう見ても身なりをそんなにも気にしていない女を、そんななんでも揃えてある部屋に案内をしなければならないの? みればわかる通り、私は髪をきれいに結っている訳でもない。白粉を塗っているわけでもない。紅をさしているわけでもない。それなのに、どうしてこんな部屋に案内されたの? この方なら、そのぐらいはちゃんと察することができるでしょう?」


『珠璃……そこまで自分の見た目を自覚しているのならもう少し気にしてもいいんじゃ……?』


「自分の外見が人にどう写ろうとも私には関係ないわ。大体、私を未成年と言っているのにお化粧道具があるこの部屋に案内して来た時点でおかしいのに」


『はっ! そうだね……!? たとえ珠璃が未成年だったとしても、普通の女の子ならもう少しお洒落を気にして要るものね!?』


「……小鳥さん、ひねりつぶされたいの?」


『めっそうもない!!』


「君たちは、とても面白いね? それで、他にも何か疑問があるのでしょう? お嬢さん?」



 珠璃と小鳥の会話を扉のそばでニコニコと聞いている青年が珠璃に話を促す。

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