第4話

ふわりと、後ろから優しく抱きしめられ腕の中に囲われる。春の優しい香りが全身を包み込む。



「失せろっ!!」



 強い力を言葉に込めてそう叫んだ声に応えるように、周りの木々がざぁっと動き、異形のものの行き先を阻む。その不思議な光景を自分を抱きしめている男性の腕の中で見て、珠璃は驚きで言葉を忘れてしまう。珠璃の肩に乗っている小鳥も同じように驚いているようで、肩の上でおとなしくしていた。


 木々に阻まれ、それ以上珠璃たちの方へと来られないとわかった異形のものはそれでもしばらく暴れ、珠璃たちの方へと行こうともがいていたが無駄と理解したのか、恨みがましそうに珠璃たちを睨みながらも森の奥の方へと戻っていく。


 その後ろ姿を見つめ、珠璃はしばらく茫然とする。


 今のは何だったのかと頭の理解が追いつかない。見たことのないものが目の前に突然現れ、突然自分たちを襲ってきた。珠璃はハッとして自分の肩の上にいるはずの小鳥を見る。



「小鳥さん、大丈夫!?」


『え? う、うん、大丈夫だけど……それよりも、君の方が心配なんだけれども……』



 男性に抱きしめられたままの状態で、珠璃が肩に乗っている小鳥を見てそう声をかけるが、小鳥の方は珠璃の心配をしている。そんな二人の様子を見て、いまだに珠璃を抱きしめている男性が微かに笑う気配にハッとして、珠璃が謝罪を口にした。



「す、すみません! 助けていただいたのに……っ、あ、あの、ありがとうございました!」


「いえ、間に合って良かったですよ。最近、我が国では少々危険なことが起こっているので、十分に気をつけてください。できれば宿をとっていただきたいのですが……?」


「あ、あー……えっと……あまり、お金がなくて……」


「そうだったんですね……旅の方ですよね? その格好は……『中の国』からでしょうか?」


「あ、はい。少しこの『東春国』に用事がありまして……今日ここに着いたばかりなんです」


「そうだったんですね。……怖い思いをさせてしまったお詫びとして、よろしければわたしの屋敷に来ませんか? あなた一人ぐらいでしたら、全然泊めることは可能ですので」


「えっ、あ、いえ! そんなご迷惑をおかけするわけには……!」



 そう言って、珠璃は慌てて首をブンブンと横に振り、自分をいまだに抱きしめている男性の腕から逃れる。


 そこで初めて自分を助けてくれた男性をマジマジと見つめる。


 全体的に青と白を基調とした衣装に身を包むその男性は、とても優しそうな雰囲気を醸し出している人だった。綺麗な紺青の長い髪を左の方に流すように一つに括っている。珠璃を見つめるその瞳は優しい萌黄色。一見して明らかに身分の高い人だとわかるが、なぜそのような人がこんな外れの森の入り口手前にきているのかと思わず疑問を抱いてしまうほどには身なりの整った男性である。


 そう思ったが、あえてそれは口に出さず、珠璃はペコリともう一度男性に向かって頭を下げ、お礼を述べる。丁寧に誘いを断って小鳥を連れてもう少し安全そうな森に行こうと考えながら別れの言葉を口にし、そのまま歩き出す。


 しかし、そんな珠璃の行動を男性の方が止めた。



「お待ちください。女性一人が夜に歩き回るのは危険です。我が国は安全が高いとは言え、完全に安全というわけではありません。一晩の宿だけしか提供できないのは申し訳ありませんが……このままあなたを見送ることもできません」


「えっと……私は特に問題ありませんので大丈夫です。野宿にも慣れていますし!」


「野宿に慣れて……いえ、今はそのようなことはどうでもいいと横に置きましょう。男として、知り合った女性をそのまま野宿させるわけにはいかないのです。どうか一緒に来てくださいませんか?」


「……えーっと……」



 正直、珠璃は身分のある人間にあまりいい印象がない。というのも『中の国』での出来事が関係しているのだが、あまり面倒ごとに首は突っ込みたくないのだ。


 明らかに身分の高いこの男性と共に行動したとしても、珠璃にはなんの利点もなく、むしろ目立って気分的にはあまり良くない。


 どうやって断ろうかと悶々と考えていると、珠璃の知らぬうちにそっと外套を掴まれ頭を隠している部分を外される。「あっ!」とおもってもそれはすでに遅く、完全に自分の外見を相手に見せる羽目になる。


 外見は普通なのだ。ただ。



「あなたのようにまだ幼い方を、このまま見過ごすわけにはいきませんので」



 はっきりとそういわれ、珠璃はそーですよねぇー、と内心で思い切り叫んだ。何を隠そう、珠璃は外見が完全に未成年なのだ。実年齢はきちんと成人している。ただ外見が思い切り裏切ってしまうだけだ。


 それもあって珠璃は外套をかぶり、自身の外見を隠していたのだがどうやら無駄に終わったらしい。


 目の前の美しい男性は、真剣な瞳で珠璃を見、真剣な声で未成年を一人夜に出歩かせるわけにはいかない! と豪語している。


 珠璃は、困惑顔で目の前の青年を見つめることしかできなかった。

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