弐.青龍〜『春の宝珠』〜
第3話
珠璃は森の中を歩きながら、小鳥の姿になった少年を肩に乗せて移動をしていた。野宿を繰り返しながらようやく『東春国』の門前にたどり着いた。門の前には兵士が立っており、なかなかに入りづらい雰囲気を出していたが、兵士は中に入る人間には対して警戒を示しておらず、笑顔で迎え入れてくれている。
ようこそ、と優しい笑顔で迎え入れてくれている様子は、気性穏やかと言う言葉が本当にぴったりである。
「すごい……この国の人は、とても美しい衣をまとっているのね。青色や緑色が基調となっているのは、やっぱり青龍が守護神だからなの?」
『うん、そうだね。青龍自体争い事とかを好む性質ではないからね。……というか、この国、寒くない?』
「? 『中の国』もちょうど冬が明けたばかりだからまだ寒さが残っていたし、何も不思議ではないと思うけれど……」
『いや、『中の国』とは違って、【四神】が統べる国に四季は存在しないんだ。【四神】はそれぞれ四季も守護する存在で、彼らが守っている国は一つの季節しか存在しないんだ』
「そうなの?」
『うん、そうなの。『中の国』はそんな【四神】が守るべき主人が存在する国として、彼らがそれぞれ四季を届けているから春夏秋冬が存在する、珍しい国なんだよ』
「……知らなかったわ」
『まあ、『中の国』は貧富の差が激しいから、貧しいものたちの教養が行き届いていないんだ。とは言え、君はどちらかというとちゃんとしつけされた方だと思うんだけど……それを知らなかったっていうのがちょっと驚きなんだけど……?』
「私を育ててくれた夫婦が教えてくれたのは最低限のことだったかもしれないわ。それ以外にも色々と教えてくれた人たちだったけど」
肩に止まっている鳥に少し遠い目をしてそう言った珠璃に首を傾げたが、無事に『東春国』に入国できた珠璃たちは、とりあえず手持ちのお金を確認してどこかの宿を取ろうと考える。できれば水浴びなどもしたいなぁ、とふわふわと考えながら歩いて、珠璃は安そうな宿を見繕う。
あまり高級な宿なんて行けないしなぁ、と考えながら歩いていると、すれ違うときに通行人にぶつかってしまう。お互いに声を上げすみませんと謝罪をしてもう一度歩き始める。肩に乗った小鳥が『大丈夫?』と声をかけて来てくれて、それに対して大丈夫と答えを返す。
「それよりも、すごく礼儀正しい国なのね。明らかに他国の人間で、貧しい身なりのこんな子娘にもあんなにも丁寧に謝罪をしてくれるのだから」
『……どちらかというと、君の行動の方に驚いたけど?』
「あら、悪質なことをされたのだからやり返しただけよ? でもどこの国にもああいうのはあるんだって思うとちょっと安心してしまうわよね?」
『そんなことで安心して欲しくないんだけど!?』
「ま、それはそれよ。それに、こんな端金を攫うとするなんてね?」
『君のその神経の図太さにちょっと驚きだよ……』
「生きてたら色々あるわよね?」
『ありすぎじゃない? そして色々と悟りすぎじゃない……?』
そう小鳥と話しながら、珠璃は今日泊まるための宿を見繕っていたが、珠璃の持ち金ではあまり良さそうなとこは見つからず、これならば野宿したほうがいいかもしれないと考える。
そのことを小鳥に伝えると自分はいいけどと口籠るのを見ると、どうやら珠璃にはちゃんとした寝台で眠って欲しいと思っているのか少し困ったような表情をしたように見える。そんな小鳥の優しさに珠璃はふふ、と笑いながら野宿なら慣れているからと言って、踵を返し、木々が見える方へと歩を進めていく。
『東春国』の木々の方へと足を進めていく珠璃はその木々に近づいていって気付いた。
「……ね、小鳥さん……」
『?』
「この国の木々たち……なんだか元気なさそうじゃない?」
『観察眼すごいね!?』
「まあ、村娘で自然と一緒に過ごして来たものですから?」
それだけで気付くものではない気もするけれど、と思いつつ、珠璃の疑問は小鳥も感じていたものだった。ここは青龍が統べる国。そして青龍が守護する季節は『春』。国名にも用いられる季語である。そしてこの『東春国』は別名『常春の国』。穏やかな気候がずっと続く国であることも有名であるのだ。
青龍の力の性質もあり、この『東春国』の国は美しい花々が有名でもある。
「――っていう話を、昔祖父母から聞いたことがあったの。でも、その割には木々に元気がないし、それに、小鳥さんも言っていたようにちょっと寒すぎるような気もするし……」
珠璃が目の前に広がる森林を見つめなそうつぶやいた瞬間――突然、不気味な声が森の奥から聞こえてくる。全身が強張り、固まる。小鳥も毛を逆立てて警戒をあらわにしている。
森に足を踏み入れようとしていた体が、一歩後ろに下がる――瞬間、目の前に、見た事もない生き物が躍り出てくる。
悲鳴を上げようにも、初めて見るその姿に喉が凍りつき、恐怖で体が固まってその場から動くこともできない。
『珠璃ッ!!』
肩の上で珠璃の名を呼び、逃げるように指示を出す小鳥に反応して体がビクッと動き微かに動くけれど、それは本当にかすかに動く程度で逃げるまでには至らない。目の前に、異様な姿の物体が迫ってくる。鋭い爪が、襲いかかってくるのを見て、珠璃は思わず目を閉じてしまった。
「――危ないっ!」
背後から聞こえてくる男性の声を認識したと同時に、珠璃の体が後ろに強く引っ張られる。
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