第2話
体に巻いた外套を手繰り寄せてそのまま小さく丸くなる。本当に眠ってしまった。そんな彼女を見ながら“それ”はふぅと小さくため息をつき、そのまま彼女のそばで同じように小さく丸くなって同じように眠ったのだった。
朝日に目を刺されてまぶたをあげれば、視界に広がるのはどこまでも続く緑。柔らかな草の上に身を横たえているのを自覚しつつ、彼女が身体を起こして最初に見たのは見覚えのない少年の姿。目を開けてなぜ少年の姿を見ているのかと理解できず、しばらく固まってしまったが、目の前にいる少年はすでに目覚めており、にっこりと笑って自分を見つめている。
『おはよう、娘さん!』
「おやすみなさい」
『君! 扱いがひどいよ!?』
そう言って隣でガバッと体を起こして叫んだ少年を、彼女は見ないフリ聞かないふりを決め込んで背中をむけてしまう。そんな彼女をユッサユッサと揺り起こそうと頑張っている。それを知らないフリをして狸寝入りしている彼女向かって少年は叫んだ。
『ご飯食べないのっ!?』
「食べる!」
がばぁっと起き上がり、少年に頭突きをかます。ゴンっ、と思い切り顎と額をぶつけ合って、お互いに痛い思いをしたが、痛みに悶えているのは少年の方だけで、彼女の方は「ご飯ご飯」と鼻歌まじりに起き上がっている。「現金だな……」と思いながら少年の方も彼女のためにと用意したご飯を一緒に食べるべく、痛む顎を抑えて彼女の元へと行ったのっだった。
「ところで、君は誰なの?」
『今さら……?』
朝食を食べ終え、初めて彼女が疑問を口にする。それに脱力して肩を落とす。
『昨日、君に無視された鳥さんですよ』
「え、そうなの?」
『そうなんです。ところで、君の名前を聞いても? それともう少し驚いて』
「……え、明らかに怪しいあなたに名前を言わないといけないの? 色々と危ないと思うのだけれど?」
『……そこまで警戒しなくてもいいんじゃない? 可愛い鳥だったでしょ? 一応警戒されないように可愛い鳥を選んだんだよ?』
「そこまで計算して現われた時点で怪しいと思われない方がどうかしていると思うけど?」
彼女の言葉によくよく考えてみれば確かにその通りかもしれないと冷静に思い、ちょっと落ち込んだ目の前の少年に、彼女は少年の行動が本当に自分を警戒させないための気遣いからくるものなのだと理解してちょっと言いすぎたと反省する。
そして口を開いた。
「……
『……え?』
「あなたが何かの打算で私に近づいたわけではないって、今のあなたの態度を見てそう思ったの。ごめんなさい。ちょっと、何かを信じられるような気持ちではなかったから、失礼な態度をとってしまったわ」
『……ううん。あんな自分勝手な王族に押し付けられたんだから仕方がないよ。それよりも、君の旅についていっても問題ないかな? 多分、助けになるよ』
「……え、でも迷惑じゃないかな? 私はまだどこに行こうか悩んでいるし……」
『口出しをするつもりはなかったけれど、最初は『
そう言って、少年が東の方向を指差す。この国は中央を囲むように東西南北に一つの国が存在し、そしてその東西南北を【四神】が守護している。中央の国である『中の国』は【四神】が主人と仰ぐ『黄竜』が存在し、【四神】は黄竜を守るために存在していると言われている。
黄竜が目覚めるには【四神】からの紋章を手にし、『中の国』の神殿で祈りを捧げ、黄竜を目覚めさせる儀式をしなければならない。黄竜を目覚めさせれば、国が潤うと言われている。
そして、珠璃はその黄竜を目覚めさせ、国を潤わせるために信託という不確かなものの犠牲にされたのだ。
「確かにそうだと思うけれど、私はただの村娘で、青龍に会う事なんてできないわ。だってあちらは【四神】という地位を持ち、国を守ために存在しているのよ? 面会すらできるとは思えないのだけれど……」
『……いや、今『東春国』ではとある事件が起きているらしい。風の噂で流れてきた。そして、青龍はそれを解決するべく奔走している。うまくいけば城下町で出会うこともできるよ』
「……あなた、すごいわね?」
『鳥たちの噂話が聞こえてくるからね。……どうする? 君にも君の考えがあると思うから、無理にとは言わないけれど……』
そう言って、少年が伺うように珠璃を見つめる。珠璃はしばらく考え、けれどうなずいた。目の前にいる少年の言う通りで、このままどこにいくかと悩んでいてもいく先は決まらない。青龍はもともと気性穏やかと言うし、話せばわかってくれるだろう。理由はとても利己的なものであるが、なんとか説得してわかってもらうしか珠璃には方法はない。
それに打算的なことを言うのであれば、青龍の紋章を持ってさえいれば、後々の【四神】からの紋章も受け取りやすくなるかもしれない。
そう、自分勝手な感情と理由から、珠璃は行き先を決めたのだった。
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