第89話

「救急車を呼んだ方がいいか」


「そうですね。お願いします」


「や、呼ばなくて大丈夫だからっ」


「バカ言え。遠慮してる場合じゃないだろう」


「そうだよ。顔色が悪いって言うか怖いし」


「いい。本当に大丈夫だから」




今にも電話をかけんとばかりに受話器を手に取ったマスターを慌てて止める。



あまり大事にはしたくない。


というより、騒ぎになって貴ちゃんに居場所がバレるのが怖かった。



絶対に今も私を探し回ってるだろうし。




「花音……」


「お願い。見つかりたくないの」


「誰に?」


「貴ちゃん」


「…………あぁ、あの彼氏。そっか。また暴れたんだね」


「う、うん」


「はぁー…。ホントいつもいつも……」




私が貴ちゃんの名前を出した瞬間、村田の顔から表情が消えた。



怒ってるのか呆れてるのか声まで冷たくて、ちょっとビビる。



長い付き合いだけど、こんな村田の姿を見るのは初めてだし。

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