第58話

すごく痛そうな音が背後で鳴り響き、私は体をびくっと跳ねさせると、背後では草薙さんが痛そうに声を上げた。



「……っ!! 涼香っ! 手加減をしろ!!」


「だから認めないっつってんの。滅べ」


「涼香が認めなくとも、既にご両親には許可をちゃんともらったし、綾ちゃん本人だって納得してくれている! お前だけだぞ! 否定してるの!!」


「だから?」


「諦めろって言ってんだよ!!」


「寝言は寝てからどうぞ? というか、そのことに関しては友香ちゃんだって不満いっぱいだったんだから、あたしだけとか決めつけないでくれる?」


「……友香ちゃん……あの……だめ?」


「だめ。絶対にだめ。またわたしとルームシェアしよう。美味しい物食べたいし、ペアルックのルームウェアとかもきてあげられるのよ? ほら、前にネットで可愛いって言ってたイルカのルームウェア。買ったの。一緒に着よう?」


「えっ、ほんとにっ? 写真も取らせてくれる?」


「いいわよ。わたしにも取らせてくれるならね?」


「もちろん! ツーショットで撮ろう! わー、楽しみ! 早速明日から泊まりに……」


「ストップストップ!! 綾ちゃん、たんま!! そして友香ちゃんはずるい!!」


「使えるものは使っておかないと。最大の武器は出し惜しみしすぎても効果はありませんからね」


「こんなところで教えを反映押させてきやがった!!」



 草薙さんの腕の中から立ち上がろうとした私を必死に押さえつけて、草薙さんはいまだに私を離さない。


 困った人だなと、内心で苦笑しながら、私は思いを馳せる。




 草薙さんに逃げるなと言われたあの日から、私は自分でけじめをつけるまではと草薙さんから距離を置いてもらっていた。そばにいればまた甘えてしまうのは自分でもわかり切っていたことだったし、草薙さんも私がそばにいると思わず甘やかしてしまいそうになると言っていたので、ちょうどいいということで私は友香ちゃんの部屋に転がり込むこととなった。


 一応大学側の許可をもらってルームシェアをすることなったのだ。


 友香ちゃんは私の事情を知っているのもあって、ずっとそばにいてくれようとしていたけれど、それはお互い学生という身分だったのと、受けている授業のコマが違っていたり、バイトで時間が合わなかったりと様々な要因があり、そばにいるということの難しさを教えてくれることとなった。


 そう思うと、いつも仕事の合間を縫ってでも私を迎えにきてくれていた春翔にぃは本当はすごいことだったんだなと今更ながらに感心してしまったのはまた別の話である。


 そうして、私たちはお互いに顔を合わせ雨わずかな時間を作りつつも、己のことをこなしていく日々を過ごしていった。


 その中で、私は一つずつ、確実に、春翔にぃへの思いを過去のことへと昇華していき、一歩ずつ、少しずつでも前にと進んでいった。

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