第56話

草薙さんは多分、そんな私に気付いたのだとお思う。もう一度、力強く言い放った。



「――逃げるな」



 その言葉に、涙が自然と盛り上がってくる。


 そう、私の本心は叫んでいるのだ。


 逃げたいと。過去に縋り付いていたいと。そうすれば、この胸の痛みが和らいでくれると信じているから。けれど。



「すがりつくな。それは何の慰めにもならない。逃げようとするのもだめだ、自分自身とちゃんと向き合え」


「……厳しい……です」


「知ってる。今までがそういう目で見ていなかったわけではないが、あえてお言わせてもらう。は今、君を一人の大人として接している。関係性で言うのなら上司と部下だ。過ちを認めて、反省しなさい。そうすれば、後でちゃんと甘やかしてあげる」


「……私は……」


「そう、ずっと君が言っていた自分がずるいというのは間違っていない。君はずるい。だがそれでも、超えなければならないことをちゃんと乗り越えたんだ。それをちゃんと認めて、自分で自分を褒めてあげなさい」



 ぼたぼたと、涙が止まらない。私の頬を掴んでくれている、大きな手をも濡らし続けて。それでも。


 震える唇で、私は紡ぎ出す。



「私は、ずるいの……わかってる。でも……これでようやく……私は、私をちゃんと呆れて、怒って、励まして、褒めてあげられる……!」



 今までの甘えたの私とはさよならをして。


 これからはちゃんと自分で自立して行かなきゃいけない。


 自分で自分を叱咤して、呆れて、怒って、嘆いて、悲しんで―――そうして最後には、笑い飛ばして、許してあげることができるのだ。



「私は、前に進みたい……。でも、一人では限界がくるかもしれないんです……」



 わかっていることだ。一人ではできないことも必ず存在する。壁にぶち当たる。だから。



「……だから、お願いです。草薙さん……私のそばに。いてくださいませんか……?」


「ああ……待ってる。君がその気持ちをちゃんと生産できるまで、ずっと待ってるから……」



 頬の手が離れたかと思うと、すぐにその両腕で体を強く抱き竦められる。


 涙をひたすら流しながら、私は自分の気持ちの整理が完全につくまで、芽生え始めて痛く参議さんへの気持ちは口にしないと心に決めたのだっった。

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