第53話
言葉がないだけで不安になるなと、誰かはいうのかもしれない。ちゃんと態度で示しているだろうと。
けれど、それはただの強がりであり、その人たちだって本当は言葉が欲しいはずだ。
人の心を見透かすことなんて私たちには無理だ。それこそ、魔法や超能力があれば話は違うかもしれないけれど、私たちはただの人間。常にそこにいて、特別な力なんて何もない、普通の人だ。
相手のやりたいこと、して欲しいこと、こちらの気持ち、そういうものは、“伝え”なければならないのだ。
長年夫婦をやっている人たちだって、きっといつもお互いに言葉に出し合っている。だからこそ、長年一緒に居続けることができるのだ。
喧嘩をして、泣いて、悔しがって、意地を張って。
それでも最後には後悔して、罪悪感が溢れて、謝罪をする。
だから最後に、笑顔が生まれる。笑い合って、手を取り合って、すごくどうでもいいことで喧嘩したねって、話すことができる。
「……私たちは、お互いの存在に甘えすぎてたね。……わたしは春翔にぃに気持ちを押し付けすぎた。好きで好きで仕方がなかった。わたしを見て欲しかった。妹じゃない、女として。でも、私のその気持ちは春翔にぃに届かなかった。だから……こんなにもすれ違ってしまったんだね」
「綾……俺は……」
「いいの。春翔にぃ。私は後悔しない。春翔にぃが好きだったあの期間があったから、今の私があるし、逆に今の春翔にぃがいるんだよ。お互い、前を向こう。春翔にぃ。もう振り返っても私はいないよ。私も、背中を追いかけてない。それを、ちゃんと日常にしなきゃ」
「…………離れていくのか? 俺から……」
「離れる。でも、」
息を吸う。こんなこと、きっというべきではない。だけど、私ももしかしたら縋り付きたかったのかもしれない。
「でもね、春翔にぃが許してくれるなら、また……また、妹として、可愛がってくれると嬉しいな」
「!!」
「わがままだよね。わかってる。でも、私は春翔にぃがいてくれるっていうことが、ずっと心の支えだった。これからも同じになるわけにはいかないけれど、それでも、わたしは春翔にぃと家族のようなこの絆を完全に切りたくないとも思っているの」
それは本当に私のただのわがままで。この行為をするだけで、多分、私は一生春翔にぃを傷つける、わかっている。そんな残酷なことをお前がするのかと。そう言われても仕方がないと。それでも。
「私は、それでも春翔にぃとたまにはお話ししたいし、遊びにも行きたいよ」
そう言いながらも、私の手は緩んでいく。同じ方向を見つめて歩きたい。隣を歩くことはもうできないし、背中を追いかけることもできないけれど、それでも、私は、春翔にぃと友人のような関係でいたいと思っているのも本音だ。
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