第52話

驚いたように私を見た草薙さんと視線が会う。それでも、今はこの温もりに触れていたくて。離したくないと願い、思っている自分がいて。両目から涙をぼたぼたと流しながら、草薙さんを見つめる。


 ふと、優しく微笑んでくれた。



「大丈夫だよ、綾ちゃん」


「……」


「大丈夫だよ。大丈夫。落ち着いて、綾ちゃん」


「わ、私……は…」


「うーん、何を言いたいのか何となくわかるけど、ちょっと待ってね。その前に、君も決着をつけないといけない。君の言葉で、君の思いをちゃんと相手に伝えなきゃいけないよ。さっきの言葉は、何も彼に向けただけの言葉ではないからね。綾ちゃん自身だって、どこかで彼に甘えていた部分はあったはずだ。言わなくてもわかってくれると思っている部分は必ずあった。それがいけないとは言わない。それだけ長くそばにいて、相手を見ていたということなんだから。でも、やっぱり大切な事は言わないと。ね?」



 優しく言い聞かせるように、私にそう言葉をぶつけて来てくれる。優しいようで、とても厳しい言葉。


 私の後ろでお姉ちゃんがため息をつく。



「……私が言えないことをさらっと言ってのける奏が、本当にむかつく」


「部外者というのは間違い無いからな。けど、だからこそ見えるものもあり、指摘できることもある。だろう? 友香ちゃん」


「……まあ……そうですけど……」


「大事大事にしているだけが優しさじゃないってわかっていたはずなのに、それを怠ったのは涼香、お前の落ち度だ。そうだろう?」


「ぐ……っ、痛いところを突きやがって……っ!!」


「間違っていないだろう。さて。綾ちゃん」


「! は、はい!」


「言いたいことをちゃんともう一度ぶつけてごらん。大丈夫。僕もそばにいる。涼香もいるし友香ちゃんもいる。少なくとも、僕たちは綾ちゃんの味方だよ」



 そう言って、私の背中を優しくぽん、と叩く。それだけで、勇気を分けてもらったような気がして。


 両手を草薙さんの腕から解く。友香ちゃんも私の行動を見ながらそれでも微かに笑って待っていてくれるようで。お姉ちゃんはちょっと草薙さんに押さえつけられているような気もするけれど、それでも見守って暮れている。


 目の前にいる春翔にぃに、視線をしっかりと向けた。



「……大好きだったよ、春翔にぃ。でも、私はこの恋心に終止符を打つの。前を向く。振り返らない。春翔にぃから手を話離す。だから……春翔にぃも、手を離して」



 手を伸ばす。呆然としている春翔にぃの手を握れば、それにハッとしたように春翔にぃが私の手を強く握りしめた。


 そうして、自覚する。


 ……ああ、私はちゃんと、春翔にぃに好きになってもらえていたんだなと。

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