第48話



 結局、あのままあの場で話し合いなど到底不可能ということで、私たちは草薙さんの自宅にお邪魔する運びとなった。


 理由はわからないけど、草薙さんが必死に自分の家に来て話をしようと呼びかけてきたのもあり、私と友香ちゃんは驚きを隠せないままに頷く。知らない場所ではなかったということもあり、勢いのままに頷いててしまった感もあったけれど、しょうがない……。お姉ちゃんはだいぶ嫌そうな顔をしていたけれど、私たちがうなずいたこともあり渋々許可した感じだった。


 私は草薙さんに手を握られてそのまま店の外まで連れ出されてしまい、せっかくの飲みかけのカフェオレ、と思いながらもそれよりも草薙さんと二人になってしまうかもしれないという不安が表情に出ていたのか、友香ちゃんが私の飲みかけの飲み物と、その後ろからお姉ちゃんがテイクアウトで何かを買っているのを見ながらそのまま草薙さんの車の前まで来てしまう。


 視線を彷徨わせてしまいながら乗り込むのを躊躇していると友香ちゃんが追いついて来てくれて私に大丈夫だから、と声をかけてくれる。友香ちゃんの言葉にほっとしつつ、私は友香ちゃんに誘導されてそのまま助手席に乗せられる。……いや、どうしてとは思ったけど、友香ちゃんが譲ってくれなかったからそこに乗ることしかできなかったのよ、後部座席で友香ちゃんと並んで座っている方が落ち着けると思っていたけれど、それはあっさりと却下されてしまった。


 ……解せぬ。


 しかし、そのすぐ後に友香ちゃんが助手席のすぐ真後ろに乗り込んでくれて、ついでに言えば草薙さんが当たり前だけど運転席に、そして何故かお姉ちゃんも乗り込んできて少し驚いてしまう。


 どうして? と思わず聞けば、どうやら車を草薙さんのマンションの近くの駐車場に止めて、草薙さんの車で来たらしい。


 必然的にこの車に乗るしかないのよ、と何故かすごく不本意そうに呟いているのを聞きながら、車は移動を開始した。


 バックミラーをそっと見れば、すぐ後ろから春翔にぃの車が追いかけて来ている。


 それに背筋が凍るような感覚を覚えて、体を少し震わせてしまう。



「……あの、草薙さん……」


「奏」


「え?」


「名前で呼んで。綾ちゃん」


「……えっと、それは……」



 どうして突然? という感情と、私を乱さないでという感情がないまぜになって、自分でも表現ができない顔をしているとわかる。


 期待をさせないで欲しいと思いながらも、私の矛盾した行動に私は自分でも混乱しているのだ。



(ここでそれを断るくらいなら、私は抱き上げられた時にもっと拒絶するべきだった。抱き上げられた時、彼の顔を見つめてしまうべきではなかったのに……私は、何でこんなにも自分勝手なんだろう……)



 今まで忘れていた、違う、自分でも忘れようと見ないふりをしていたことが大きくフラッシュバックしてくる。


 胸がギュウッと締め付けられて、苦しく感じる。きゅっと唇を結んで、俯く。そんな私の様子に気づいたのは友香ちゃんだった。

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