第44話

「……一度ね、試したことがあるの。春翔にぃの前でも。まあ、タイミング的には最悪だったんだけどね。でも、それでも私の中では賭けだった。これがダメなら、もう諦めようって思えるほどには」


「何を? 何を試したんだよ? 俺は、お前に試された記憶なんてない!」


「覚えていないんなら、多分、春翔にぃの中ではその程度のことだったんだよ」


「だから! 試された記憶なんてないって言ってるだろ!? 何をやったんだよ! なんで俺の知らないところで勝手に!!」


「――“春翔くん”」


「え?」


「春翔にぃが、多分……高校生くらいの時。一回だけ、そう呼び掛けたことがあったの。春翔にぃの、彼女がいる目の前で」



 そうしたらね、私、すごい怒られた。


 笑いながらそう言っても、やっぱり春翔にぃは分からないというように首を傾げるだけで。


 その様子を見ながら、私はやっぱりと思うと当時に、この瞬間に、私の春翔にぃへの恋心は完全に砕け散ったと言っても過言ではなかった。


 だって、そうでしょう? 私は私なりにすごく頑張って意識してもらおうと思った。それを改善する為の第一歩は、春翔にぃを春翔にぃという“兄”というこの概念から外さなければならなかった。私が相手にされないのは、春翔にぃにとって私が“妹”ということポジションにいるからで、そこから脱することができなければ、私は一生、春翔にぃの隣に立てないと理解してしまったから。


 年齢を変えることはできない。不可能だ。春翔にぃは私よりも先に生まれていて、私は春翔にぃよりも後に生まれた。この事実は絶対に覆らない。ならば、覆せるのはと考え、行き着く先の答えなんて決まっている。


 “立場”だ。昔から可愛がってもらっているのは理解していたし、それには本当に感謝しかない。けれど、私は春翔にぃの後ろを歩きたかったわけではなく、隣を歩きたかった。


 “妹”ではなく、“女”として見て欲しかった。


 けれど。


 春翔にぃはそれすらも私から奪い去ったのだ。



「だから、私は身動きが取れなくなって、結局逃げる事にしたの。必死に勉強した。私が大学に進むことを黙っていたのも、もちろん春翔にぃの仕事の関係もあったけれど、それでも、一番の理由は春翔にぃから逃げるためだった。必死に勉強して、両親もそれには応援してくれた。私の恋心も、私の気持ちも、全部私が話したし、両親だって、私が春翔にぃを慕っているのを知っていたから。でも……予想外だったのは、私の大学合格に、春翔にぃが感づいて、ここに通うのを否定したこと、かな?」



 だからこそ、あの時は本当に困惑していた。

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