第43話

え、と思い顔をあげれば、そこにいたのは春翔にぃで。


 じっと私を見つめているその瞳を、私も同じように見つめ返していた。



「……どうして綾は、俺を好きだと言ってくれない?」


「……言ってたよ、昔から。ずっと言ってた」


「違う。俺が欲しかったのは、あんな言葉じゃない」


「違くないよ。私は、私なりにちゃんと春翔にぃのことが本当に好きだった」


「……なんで、今、ここで……過去形にしてしまうんだ」



 苦しそうに、私の目の前に座っているその人に。


 私は、これ以上ないほどの笑みを浮かべて春翔にぃを見た。



「だって、もう過去の事にしたかったから。……だから、春翔にぃがここに来てくれて、正直にいうとすごく助かったの」


「っ!!」



 驚いて、目を見開いている春翔に気を微笑みを乗せたまま見つめ続ける。春翔にぃは、くしゃりと表情を歪めて、私を見つめている。


 昔から、大好きだった。本当に好きで好きで、いつもいつも、馬鹿みたいに春翔にぃの背中を追いかけて。事あるごとに、春翔にぃのお嫁さんになると言って。


 けれど、いつからだろう。


 私が、それを口にしなくなったのは。


 年齢を重ねていくごとに、春翔にぃの隣は、私の場所ではないと理解したのかもしれない。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ叫んでも、どれだけ言葉を重ねても。


 手を伸ばし返されることはなく、声を聞いてくれることはなく、言葉を聞き入れてくれることはなかった。


 きっと誰もが、私に同情してくれるだろう。



 ――“それは、仕方がない”と。



「だから、その同情を受け入れる事にしたの。私は、もう前に進む。春翔にぃの背中を追いかけることはしない。……それをしたって、もう苦しいだけだって、理解してしまったから」


「綾! なんでそんな……っ! 俺は、ちゃんと昔から綾が好きだ!」


「その言葉が、もっと早く聞けていれば、この瞬間は訪れなかったよ。……ね、春翔にぃ」


「受け入れろよ! 俺の気持ちを! 俺の感情を! 俺の言葉をっ!!」


「私、前に進めなくなったときに、決めたことがあったの」



 私のその言葉に、春翔にぃが私を見つめた。それは、私の隣私達のこの茶番を黙って聞いてくれている友香ちゃんもだったのは、視線で理解する。



「私ね。春翔にぃを、兄というポジションから、移動させないって」



 多分、私の言葉の意味がわからなかったのだろう。目の前にはポカンとした春翔にぃがいて、隣からは小さく「…ん?」と疑問の声が溢れている。


 そんなふたりの反応を見て、感じながら、私は言葉を続けた。

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