第39話

狂気を孕んだその言葉に、声に、様子に、自分でも驚くほどに何もいえなくなってしまう。


 それはおそらく、周りにいた人間も同じなのだろう。呆然とした表情で、この狂った男を驚いた瞳で、恐怖を孕んだ瞳で、見つめている。こんな男のどこが良かったのかと、正直に綾ちゃんに問い詰めたくなってしまうほど、この男は本当に狂っている。


 大切にしたいのなら、やらなければならないのはこの男がとっている行動とは逆のことをしなければならないはずだ。信頼を得て、信用を得て。それを育み、さらなる信頼を得なければ恋というものには発展しないはずだ。一目惚れした己が言えることではないけれど、それでも、そう言った段階というものは必ずしもどこかで求められるはずで。


 それなのに。



「お前のその行動一つ一つが、どうしてあの子を追い詰めて要ると分からないんだ……」


「追い詰めるようなことをしていると自覚しているからじゃないかな? そうしなければ、俺は綾を手に入れられない」


「そんなことをしたら、あの子はさらに遠ざかる。あの子のことを真に思うのなら、するべき行動ではないとわかるはずだろう!」


「お前に、俺の何がわかる? ずっとそばにいてもらうためには、これしか方法がなかった!」


「他にも必ずあったはずだ!! お前はバカだろう!」


「なんとでもいえ! 何度もいうが、お前に俺の何がわかるんだよ!!」



 ヒートアップしていく。わかっている。本人がいないこの場でこんなことを言い合っても仕方のないことだ。彼女が目の前にいて、彼女のために起こしていた行動なのだと分からせなければ、自分達のこの言い合いは、ただの水掛け論であり、無意味なものである事に変わりはない。


 わかっていたのに、自分で止められなかったのだ。


 しかし、それを止めてくれた存在がいたのは本当にありがたかった。



「黙れ男どもっ!!」



 ビリビリとした怒声。思わず肩がほんの少しでも跳ねてしまうほどの声に、慌ててそちらをふりむけば、そこには鬼の形相をした涼香が立っていた。


 まずい、と思ったけれど、涼香は一度こちらに近づいてきてそのまま自分を含めて思い切り殴りつける。


 そして振り返り、店内に向けて頭を思い切り下げた。



「不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません。お客様には新作のコスメのサンプルを、数個、お選びいただけますよう取り計らわせていただきます」


「涼香……」


「草薙さん、サンプル品をこちらに持ってきて、全て。お客様に似合うものをお選びするもの、わたしたちの仕事。きりきりと動きなさい」



 そう言われて仕舞えば、反論などできるはずもなくて。

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