第36話
けれど、それでも。
私は必死にその場から逃げ出した。
「綾ちゃん!?」
背中から叫んでいる声がする。それでも、振り向いてはいけない。振り向きたくない。
私は必死に走った。
こういう時、中学高校、そして遊びではあったけれど、ほんの少しの間だけでも大学でやっていたバスケの体力が功を成すとは思わなかった。
多分、草薙さんも全力で私を追いかけてきてくれているのだろうと思うけれど、背が低いのをカバーするために身につけた俊敏さと、観察眼で、即座にどこの隙間を通り抜ければいいのかを弾き出した私には追いつけなかったのか、背後から聞こえてくる草薙さんの声はだんだんと小さくなっている。
私は、その声が聞こえなくなるまで、ただひたすらに走り去った。
◯
「はい?」
聞こえてきたのは、友人の声。けれど、私は答えてくれたその声に応えられるほどの体力も気力もなくなっていて、ひたすらに息を整えていることしかできない。それでも、たった一言だけは言わなければと、自分を奮い立たせて声を発する。
「と、……か…、ちゃ、」
「……綾?」
訝しげな声に私はそれ以上返事をすることができなくて。
それとは反対に、友香ちゃんは慌てたようにバタバタと音を立てて玄関までくる。開いた扉の先に、心強い自分の味方を見つけ出し、私はそのまま友香ちゃんなら抱きついて声を上げて泣いたのだった。
「落ち着いた?」
「ご、ごめん、友香ちゃん……」
「気にしなくていいわよ。それよりも心配してた。待ってるって言っていたのに食堂にいないんだもん……」
「うん……ごめん……」
「事情があったんでしょ? わたしが聞いてもいい?」
そう言って伺ってくる友香ちゃんは、私を本当に心配している様子が見られて、申し訳ない気持ちと、私にはまだ味方がいるんだという安心感をもたらしてくれた。
私は、ポツポツと、友香ちゃんにあったことを話し出した。
私が離し終わってから、無言の時間が続いた。友香ちゃんもなにも言わないし、私も誰かに話をしたことでどこかで冷静になり、自分の中で胸につっかえているものが出てきたからだ。
それは多分、話を聞いていた友香ちゃんも同じなのだと思う。
「……綾」
「うん……」
「もしかしたら、わたしは今から綾に嫌われることを言うかもしれない。けど、言わせてもらってもいい?」
「……うん」
そんな風に事前に言わなくてもいいのに、と少しおかしくて私が微かに笑えば、友香ちゃんも少し安心したように微笑んだ。
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