第35話

なにを考えればいいのかも分からなくて。


 お互いに、柔らかく微笑んで、まるで相手を愛しむその光景に。



「本当に好きなんでしょうね?」



 どうして。そんなことを聞いているの。



「当たり前だろう! 手放したくないほど好きだ!!」



 どうして。そんな熱烈に言葉を返しているのだろう。


 飛び込んでくる視界の情報に、飛び込んでくる音に。声に、言葉に。


 混乱した頭で、処理をさせようとするけれど、それはとても難しくて。必死に目の前で起こっているその状況に処理能力をフル回転させて、その場をなんとか逃げ出そうと画策するのに。


 ――体が動かなくて。


 だから、見つかった。



「……綾ちゃん……?」



 呼びかけられたその声に。体がようやく活動を始める。びくりと跳ねる体。近づいてくるその人から、逃げる体。


 そんな私の行動に、目の前のその人は。驚いたように目を見開いて。私に向かって手を伸ばしてくる。


 それすらも、私は受け入れることができなくなってしまって。



「綾ちゃん!!」



 首を左右に振る。怖い、怖い。


 どうして、なんで。こんな気持ち、私はこの人に向けてこんな感情を持ってはいけないのに。この人に向けていい感情は、感謝と、尊敬と、ほんの少しの恋心。そう、それは春翔にぃの時となに一つ変わらない感情でなければいけないのに。


 なんで。



(いたい……痛い痛い痛い……っ! 私は……っ、違う……! そう、あの光景を見た後ならば、私にできることはただ一つなんだ。春翔にぃにされた時と同じことをすれば良い……!!)



 だからこそ、大声が出たのだ。



「お、おめでとう、ございますっ!!」



 私の突然の声に、その場にいる全員が驚いたように私を見つめる。


 注目の的になっているのに、そんなことに気づくこともできないほど、私は混乱を極めていて。ただ一人、そんな状況の私を、楽しそうに見つめる春翔にぃ以外は、本当に驚いていた。



「わ、私、やっぱり、お世話になるのは申し訳ないですし、学生寮に戻ります。荷物は、えっと……処分していただければいいと思い、ます」


「ちょ、ま、まって、綾ちゃん、落ち着いて!」


「そうならそうと言っていただければ、私は最初から遠慮してました! 寮内にいれば安心ですし。あそこ、異性禁止なんで!!」


「ちょ、話たいことが違う! 僕が言いたいのは……!」


「私が自分でそちらに持って言ったものは、火に焚べてください、跡形もなく、消し去ってください!! できないようでしたら、誰かに頼んでください」


「綾ちゃん!!」



 思ったよりも、大きな声で呼びかけられて、逃げていた体がびくっとその場で止まる。

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