第18話

「あーや? どこに行くの?」


「………えっと、お、お部屋に戻ろうかなーと……」


「今日から綾のお部屋はあそこじゃないの。分かった?」


「分からない分からない分からない! 無理無理無理無理!!」


「分からなくても無理でも、もう寮はダメ。春翔に知られてる以上ここにいるのは危ないのよ。それに、またいつ春翔に綾が傷つけられるのかも分からない」



 お姉ちゃんの真剣な声と表情に、私は何もいえなかった。でも、しばらくの無言の後、私はポツリと言葉をこぼしてしまう。



「……もう、私には傷つけられるほどの心は残ってないよ……」


「……」



 粉々に砕け散った自分の気持ちが、いまだにずしりと胸に重く重なっている。


 助けを求めたくてもできなかって状況なんて何度もあった。春翔にぃが付き合ってきた人の中で、理不尽に私を責める人だって少なからず存在してた。あんたのせいで春翔に自由がない! って、何度同じセリフで怒られたか分からないぐらい。


 叩かれたことだって何度もあった。それでも。



「それでも、春翔にぃは助けてくれたことは一回もなかったし。いつもと変わらない笑顔で挨拶をしてたし。……あれ、なんで私、春翔にぃのことが好きだったんだろう……わかんなくなってきちゃった」



 麻痺していたと言われると多分そう。だって、私は春翔にぃのことが好きなんだって思い込んでいたから。何度も何度も同じ思いをぶつけて、何度も何度も軽く流されて。その度に、新しい彼女を紹介されて。ボロボロになった私は、多分、もう立ち直れないのだと思う。


 たった一つ、大切に大切にしていた気持ちを、根本から否定されて、傷つけられてきた。


 私にとっての宝石のかけらは、春翔にぃにとってはただの屑石で。


 きらきらと光を反射していると思っていたのは私だけで、春翔にぃからすれば光なんで届いていなかったのかもしれない。


 誰にも見向きもされない、ただ道端に落ちている石ころと同じなんだと思う。


 それを自分で考えると、虚しい気持ちにもなるけれど、何となく救われた気持ちにもなる。


 私がその本の石ころと変わらないんだから、気持ちが届かなくても仕方がないと。何度もすり抜けていった言葉達も、しょうがないのだと。


 三人が、無言で私を見つめていることにはっと気づいた。こんな空気、嫌だ。


 そう心の底から思ったから、自分でも不自然なほど明るい声が出た。



「まぁ、そうなってしまったものは仕方がないよね! それよりも、さっきも言ったけど問題はルームシェアだよ。正直いえば、私はそこまで草薙さんに迷惑をかけられないと思ってます」



 そういえば、草薙さんがハッとしたように私を見た。

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