第8話

すぐにその名前の人の部分をスライドすれば、どうやらその人からは着信だったらしくコールが鳴り響く。


 恐怖を押し殺して電話に出てくれるのを待つ。と。



『はいはーい? どうしたの、綾?』



 明るい声で電話に出てくれたお姉ちゃんの声に、私は一気に安堵して、震える喉で、思わずお姉ちゃんを呼んだ。



「お、おね、ちゃ……!」


『……綾、今どこにいるの?』


「り、寮、自分の、部屋の、なか……!」


『周りには誰もいない?』


「ひ、一人……」


『じゃあ、そのままそこにいなさい。絶対に外に出ないで。いい?』


「う、うん。わか……た……」


『仕事終わるのが今日はちょっと遅いから、綾の元に行けるのは夜遅くになる。それまで、我慢できる?』


「でも、めい、わく……!」


『そんなことみじんも思ってないから大丈夫よ。じゃあ、お姉ちゃんがいくまで、いい子で待っていられるわね?』


「ま、てっる……ご、ごめん、なさ……おね、ちゃ……」


『謝らないの。じゃあ、今から仕事に戻るわね。帰りにケーキ買ってってあげる。コンビニのだけど。なにがいい?』


「……チーズケーキ……」


『了解。じゃ、待っててね。お姉ちゃん以外、誰も入れちゃダメよ。今日は友香ちゃんもダメ、いい?』


「はい……」


『よし! じゃあ、切るからね?』



 そう言って、お姉ちゃんとの電話が切れる。


 スマホの画面に出てくる名前に恐怖しか感じられなくて、私は思わず、スマホの電源を切ってそのまま放置した。







 インターホンがなる。コンコン、と扉を遠慮がちに叩く音がする。


 カメラなんてついていないため、覗き穴から誰なのかを確認すれば、そこにはお姉ちゃんが一人、立っていた。


 私は慌てて扉を空けて、お姉ちゃんに抱きつく。そんな私の行動に多少驚きながらも、そのまま私と玄関に入り込み、お姉ちゃんは後ろ手で扉を締め、鍵もかける。



「遅くなってごめんね、綾」


「……っ!!」



 ぶんぶんと首を振る。お姉ちゃんの体に押しつけながらだから、多少の摩擦でちょっとだけおでこが痛いような気もする。


 そんな私の頭をポンポンと撫で叩きながら、お姉ちゃんは私が落ち着くまで待ってくれた。



「綾、スマホの電源、どうして切ってたの聞いてもいい?」



 お姉ちゃんの言葉に、私は体がびくりと跳ね上がる。


 それだけで何かを察したのか、お姉ちゃんは私のスマホを視線で探し、それを見つけて取りにいくと、今まで座っていたリビングのソファにもう一度腰をかける。


 視線で私に電源をつけてもいいかと聞いてきたので、私の方も無言でこくりとうなずいた。

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