第73話

Said:シエル編


 ジュード様のお菓子攻撃をなんとか無事にかわし、満腹になったお腹をそっとさすりながら、私は改めて机に向かって座る。復習をしたい気持ちはたくさんあるが、今はお腹を落ち着けることが先決である。


 私はあまり激しい運動をしないようにと気をつけながら、ぐでっと机に突っ伏して満腹感がなくなるのを待つことにした。


 が。


 こんこん、と部屋の扉をノックする音が響いて、私は首を傾げながら返事を返すと、扉の外からシエルお姉様の声が響いてきて慌てて立ち上がり、扉を開ける。



「……どうしたの?」


「あ、いえ。先ほどまで、ジュード様がいらっしゃったので、お二人が別々に来られるのは珍しいと思っただけです」


「あら、入れ違いになったの。アレク、あなた何故教えてくれなかったの?」


「……シエル様? 俺は別にあなた方姉弟の行動を把握しているわけではないんですが?」


「知っているわよ」


「いい加減、理不尽って言葉を覚えません?」


「誰に向かって言っているのよ、アレク」


「俺の主人様に対してですが?」


「あら、ならそれが無駄なことだっていうこともわかっているでしょう? 諦めなさいな」



 ものすごく理不尽なことを言っているというのは、さすがの私にもわかった。アレク様がガックリとうなだれているのを見て思わず声をかけてしまう。



「…あ、あの、元気を出してください、アレク様。そのうちきっといいことがあると思いますから……」


「うぅ…お優しい言葉をかけてくださるのはステラ様だけですよ……。抱きしめたい」


「えっ」



 それはちょっと、と言葉に出そうとした瞬間、目の前に白刃が煌き、驚いて目を見開いてしまう。


 ひぃっ、とアレク様の悲鳴が聞こえながらも彼の方も腰に刺している剣を即座に引き抜いて「ガギンッ!!」という音を響かせていた。


 何が起こったのか理解ができない私は、その光景をただ見ているしかできなかったけれど、それを行なっている本人たちは別だ。



「アレク、口は、災いの元、ですわよ?」


「……主人様、危ないのでやめてもらえません?」


「あなたがあんな危ないことを言ったのが悪いのでしょう? あなたじゃなかったら首を落とせましたのに……」


「さらっと恐ろしいこと言わんでください。本当に危ないお人ですね!!」


「もういいわ。さっさとお茶の準備をして頂戴」


「その上本当に人使いが荒い!!」


「さっさとしないと、その腕剣を握れなく致しますわよ」


「すぐにさせていただきます!!」



 二人の仲の良さを見つめながら私が思ったことはただ一つ。



(……お願いだから、私の目の前であまりやらないでいてくれると嬉しいのだけれど……)



 何せ心臓に悪い。どくどくといまだに鼓動が早鐘を打っているのを微笑みでごまかしながら、二人を招き入れて、そして後悔した。



「ステラのために、お茶をたくさん用意したの。何がいいのかわからないし、あなたも多分、好きなものはわからないと思ったから、とりあえず、全部一口ずつ飲んでもらえる?」



 ものすっごい笑みで、シエルお姉様がなんとも鬼畜なことを申してきた。


 先ほど、ジュード様と食べたお菓子の消化もまだできていないのに、その上そんなにも水分は入らない。ざと見ても茶葉の種類は20種ぐらいは並んでいる。


 軽く絶望感を覚えながら、なんとか入れてもらったカップに口をつけ、舌にのせる程度だけちびちびと飲んで誤魔化し、指摘された時、私はたくさん種類があるからあんまり最初に飲むとわからないので、と笑顔でごまかすことしかできなかった。

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