第16話
ものすごい勢いでこちらに走ってきているジュード様を見て、私は慌てて声を上げる。
「なっ、何もありませんから! 本当に何もありませんでしたよ、ジュード様っ!」
「何もないことは当たり前の現象であって、それよりも、マレのその距離感の方が問題なんですっ!!」
ごもっとも…。
私としてはできうる限り離れたつもりであるけれど、やはりそんなことは関係ないらしい。未婚の男女がこんなにも近づいているのがまず問題なのだ。
それに、私は仕方がないにしても、マリンフォレス様はジュード様と言う従者を持っているのにかかわらず彼がいない隙にこんなにも私と密着してきるのだ。私を不埒な女と思っても仕方がない。
なんとかその誤解を解こうと頑張って言葉を重ねようとしたけれど、それよりもジュード様がこちらに来る方が早かった。
赤みが強い紫の瞳で睨みつけられて萎縮してしまう私をよそに、ジュード様は手を伸ばす。
(叩かれる……っ!)
その恐怖に私は思わず目を瞑ってその衝撃を待ち構える。しかしいつまでたってもその衝撃は来ることはなく、むしろ、私の腰に回っていた手がなくなっていることに気づく。
そっと瞼を持ち上げれば、目の前に広がったのはマリンフォレス様を睨みつけているジュード様かいた。
「…………え、と」
状況の意味がわからなくて、小さく声を出せば、ジュード様が私に視線を向ける。
びくりと震えてしまったけれど、その瞳を見た時、私は思わずぽかんとしてしまった。
先ほどまで見ていたジュード様の瞳は、私に向けられているその瞳は心配そうな色を宿したそれだったのだ。私は思わずジュード様を見つめてしまう。
「大丈夫でしたか?」
「え、……えと、」
「何か不埒なことされませんでしたか? されたのなら言ってください。鉄槌を下します」
「えっ!?」
「遠慮などしなくてもいいんです。ねぇ、マレ…………様?」
「……ジュード、なぜ今このタイミングで来たのかな?」
「自分のタイミングの悪さを、いや違いますね。良さを、呪ってください? それよりも、早く離してくれませんかね?」
「……はいはい。わかったから、そんなにも睨まないでくれ。まるで私が彼女に不埒なことをしようとしていたみたいしゃないか?」
「違うとでも?」
「いや、否定はしないね」
「断言しないでください! 金輪際合わせないように取り計らいますよ!?」
「それでは私の身がもたない。やめてくれ」
「なら、適切な距離を保ってください! 適切な距離をっ!!」
目の前の言い合いに、私はどうすればいいのかわからなくて、ぽかんとしたままその場でじっとしているしかできなかった。
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