第15話




「……あの」



 私が戸惑いの声を出して、相手の人を見つめても、彼はそんなことまったく気にすることなどなくて、なんだかさらに甘く優しい微笑みを向けられている気がする。


 けれど、そんなことに屈してはいけないと私は心を奮い立たせて言葉を紡いだ。



「あの、マリンフォレス様……」


「マレと呼んでくれていいんだよ?」


「い、いえ、ですから、それは恐れ多いと……」


「私がいいと言っているのに?」


「う……」


「さ、ほら。呼んでみてごらん。君のその愛らしい声で、私の名を」



 近い。近い近い近い!


 ぐっと近寄ってきて、私を覗き込むマリンフォレス様の碧眼が、ゆらめいている。さらさらな金の髪が風に揺られてふわふわと踊っている。


 こんな綺麗な人にこんなにも迫られてたじたじにならない人などいないだろう。いや、いるのならば是非その精神を学びたい。



「さ、ほら」



 スッと伸びてきた、男性にしては細いその指が、けれど私の指とは違う指が、私の唇に伸びてきて、ちょんと触れる。



「……っ」



 異性の相手をほとんどしたことがなく、こんなにも近づかれて、なおかつそんな風に唇を触れられれば私の我慢は限界に達するのは当たり前のことで。


 顔どころか全身を真っ赤にしている自信がある。


 そんな私の様子を見て、マリンフォレス様はとても嬉しそうに笑っているのだから、あまり強く言うこともできなくて。


 優しく、柔らかな笑みを絶やすことなく私を見つめているその瞳が、気になって仕方がないのと同時に、この人に私の秘密を知られてしまったら恐ろしいと、そう考えるようになった自分に、私は愕然とした。


 そんなことは慣れているはずで、それが原因で私は両親から見放されているのに、目の前にいるこの人がそれを知ったら、今受けている優しさ全てがなくなってしまうのかと考えると、心の底から恐怖を感じてしまった。



「姫?」


「!」



 呼びかけられて、私はハッとした。


 未だ私を覗き込んでくれている碧眼を見て、私はこの人のそばにいていい人間ではないと思い知らされるようだった。


 体が無意識に逃げようとしたのに気づいたのか、マリンフォレス様が、私の手首と腰をとって離れさせないようにしてきた。



「……っ、お離し、下さい……っ」


「なぜ離れようとするのかを聞いてからだ」


「わ、私は……」



 言ってもいいのか、けれど、言わなければ。いや。そんなことをしたら、この優しさが……。


 そんなことを考えていた時、私のその思考を遮る声が聞こえてきた。



「あ、マレー、言われた通りに連絡をしておきまし……たよ………………って!? あ、あ、あんたぁぁっ!! なにしてるんですかーっ!?」



 ひょこりと現れたジュード様の叫び声にはっとしたマリンフォレス様の腕の力が弱まったのを感じて、私はなんとか適切とは言えないけれど、何もありませんでしたと主張できる距離を腕を突っ張って作り出した。

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