第85話

ロシュのその言葉に、白紅麗は戸惑った。けれど、あの双子に会うわけにはいかない。白紅麗はロシュを見つめて小声で訴える。



「離してください……! あの子達が来るのなら、私は……っ」


「もう気にしなくてもいいよ」


「……え?」


「だから、気にしなくてもいいよ。あの二人も、もうあんなことは言わないから」


「で、ですが……っ!!」


「それとも、あの二人が白紅麗に向き合おうとしているのに、白紅麗はそれを拒絶するの?」


「…………っ!!」



 それは確かにそうだと思う。あの双子が自ら白紅麗に会いにきているのに、それを拒絶するのは白紅麗があの双子を拒絶していることに違いなくなる。けれど、今でも一月前のあの出来事を思い出すと身がすくむ。


 突きつけられた現実に、苦しくなる。


 だからこそ、その現実に向き合いたくない。


 しかし、そんなことを言えるような雰囲気でも、立場でもない。



(…………そう、よ、ね……)



 その思考にたどり着いた瞬間に、白紅麗ははっとした。


 リアムに直接言われたではないか。白紅麗は“生贄”としてここに連れてこられたのだと。ならば、白紅麗がなにかを意見するのは間違っている。意思を持ってはいけない。なぜ、それを思いつかなかったのだろうか。


 体に入っていた力が、抜けて行く。それに気づいたロシュが不思議に思ったのか、白紅麗を下から見上げた。そして、その真紅の瞳を見開く。



「……白紅麗?」


「……私は、“生贄”なんだと、リアム様に聞きました。そんな私が、何かを言うなんて、とてもおこがましいことです」


「ちょっと待って。別にそんなことは思っていない……」


「私は、意思を持ってはいけないんですよね……。申し訳ありません……」


「白紅麗、落ち着いて。リアム様もそんな風に思わせるためにそんなことを言ったわけではないと思うから」


「ですが、“生贄”とは、そう言うことなのでしょう……? 慣れているので、いいのです。かなどめ家にいた時も、そんな風に過ごしておりましたし。その時と同じように過ごせばいいだけのことですから」



 閉じられて行く心に、ロシュは焦りよりも、悲しみよりも、悔しさよりも――怒りを、覚えた。


 立ち上がって、背中を向ける。


 扉をあければ、そこには入るのを躊躇っている双子がいた。しかし、双子はロシュのその雰囲気に体をびくりと震わせる。


 ロシュは、双子を通り過ぎてそのまま部屋から出ていった。

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