第83話

リアムは、想いを馳せる。


 その先にいるのが、昔の彼女なのか、それとも、今まで目の前にいた彼女なのか、まだわからない。


 気持ちが混乱していると、自分でもわかる。


 求めているのは、どちらなのだろう。欲しているのは、どちらなのだろう。



 ――今、手を伸ばせば届く方?



 ――もう手を伸ばしても届かない方?



 考えてもわからない。


 リアムは、力なくその場に座り込んだ。がさっと草が音を鳴らす。そのまま寝そべって、空を見上げる。


 広大な空は、青々としており、所々で白い雲が点を作っている。



(……空の青さの素晴らしさを語っていたのは、彼女だったな……)



 思い出すのは、ただひたすらに、空元気を作り続けていた少女。白紅麗とは逆といえば逆の少女だったと思う。


 声をかければ振り向いて必ず笑顔を見せる。本当は、そんな笑顔など見たくなかったのに。どれほど言っても、あの少女はそれをやめなかった。いや、やめられなかったのかもしれない。


 抑圧された環境で育った彼女は、笑顔でごまかして生きてきたと言っていた。彼女を守る盾は“笑顔”だった。だから、いつ、どんな時でも、どんな状況になったとしても、笑顔を作ってしまうのだと。


 それをしないと、自分がどうにかなってしまいそうだと、彼女自身が言っていた。



(…それでも………………我は、)



 ――本当の笑顔を見たかった。



 そう言いたい言葉を何度も飲み込んで過ごした日々は、息苦しかった。想いを伝えてはいけないんだと思い込んでしまっていた。


 こんなことを言ってしまえば、彼女を傷つけてしまうと、リアム自身がそう思い込んでいたから。


 手を伸ばす。空に向かって。


 指の隙間から漏れる光も、見える空の青さも、あの頃と何も変わらない。



「………………」



 そう、何もかわからないことが、なぜだが無性に、悲しくなった。



「……帰ろう」



 そう言って、リアムは素早く立ち上がり、屋敷に向かって歩く。風が、リアムの長い銀の髪をふわりとさらっていった。



 ――この感情の名を、つけてはいけない。この感情を、押し付けてはいけない。それをしてしまえば、壊れてしまうから。



 ――拒絶されれば悲しくなる。当たり前の感情だ。けれど、それを自身が受け入れることができるのだろうか?


 ――答えは、きっと“否”だ。


 ――全てをかけて、その感情に振り回されてしまうおのれたちは、拒絶されれば最後。





 ――全てを、破壊し尽くしてしまうかもしれないのだから。

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