第82話

――最初は、本当にただの興味本位だったのだ。



 幼いロシュを助けた、珍しい人間の少女。その程度の認識しかなかった。しかし、一目見た瞬間から、その少女が何かしらの迫害を受けているというのは理解できた。


 異常に白い肌に、目の下に出来ている隈。細い腕に細い体。


 ずっとずっと昔に、“生贄”として捧げられたあの子と同じだった。


 だからこそ。いつか迎えに行くつもりで“加護”をかけた。


 そうすれば、彼女が死にかけたとしてもすぐに駆けつけて死なないように出来る。たとえそばにいられなかったとしても、リアム自身の“能力”で助けることができる。


 もう二度と、あのような思いをしないために。


 リアムは、はるか昔の少女と、目の前にいた少女を重ねたのだ。


 手をかすなんて綺麗な言葉で飾っているだけで、本当はただ自己満足を充したかっただけだった。


 知らないうちに死んでほしくなくて、この手に取り戻したくて。



 ――ただ。それだけだったはずなのに。



「なにを、しているんだ……」



 “加護”を通して、彼女を感じているうちに、彼女を守りたいと思い始めたのだ。


 あれほどに苦しめられているのに。あれほどに嫌われ、邪険にされているにもかかわらず、彼女はそれを全て受け入れているのだ。受け入れる必要など、どこにもないのに。


 あの場から連れ出して、この腕に囲ってしまいたかった。そうすれば、もう傷つけさせることはなくなる。


 そのまま耳元で、ずっとずっと、優しい言葉をかけ、甘い言葉をかけ、ドロドロに溶かしてしまいたかった。そうすれば、この腕から逃げることも出来ず、ずっとずっと束縛できるから。


 その考えを自覚した瞬間、リアムは愕然としたのだ。


 今までに抱いたことのない感情。


 “これ”が、竜の特徴だと、初めて本当の意味で理解したのだ。



(…………ああ、危ない……)



 早く。早くこの手から逃げてくれ。


 ――そうしなければ、捕まえてしまう。


 早く。早くこの手から逃げてくれ。


 ――そうしなければ、奪ってしまう。



(……こんな感情を……持ちたくないはずだったのに……)



 この一月で、白紅麗はこちらに心を開き始めていた。余計な干渉をしないが故に、彼女にとって心地の良い空間になってしまったのだ。


 無意識にこちらに寄りかかってきていた。だからこそ、突き放す必要があった。



(……伝説など……人間が作った出鱈目なのに)



 それほど大層なことは何もない。ただ、ヒトよりも長く生きて、ちょっとした“能力”を持ち、体が鱗で覆われているだけだ。人の中からその存在が薄れているのは、竜がヒトの前に現れなくなったから。


 たったそれだけのことだ。

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