第80話

体がどんどん後ろに下がっていく。リアムとの距離がどんどん作られていく。それにハッとしたように、リアムが白紅麗に近づいていく。それに恐怖したのか、白紅麗はさらに後退していく。


 首を左右に振って、リアムを拒絶する。


 その様子に、リアムは何も言えなくなる。



「幸せになることを、考えてはいけないのです……。私は、綺麗じゃないから……」


「白紅麗……」


「リアム様……お願いです。私は、その気持ちに答えることができません……。取り消して、ください……」


「……」



 そんなこと、できるはずがないとわかっていても。


 そう言葉が出てくる。


 他人のことを何も考えていないようなこんな言葉を、白紅麗は引き出してしまう。たとえそれが、白紅麗の本心ではなかったとしても。


 心の中では、叫んでいたとしても。



 ――“それ”を、声に出してはいけないと、白紅麗が思い込んでいるから。



 リアムはぐっと拳を握る。


 ゆっくりと、口を開く。



わたしたちの存在が、なぜ“伝説”と言われているのか、白紅麗は知っているか?」


「……え?」



 突然のリアムのその言葉に、白紅麗は戸惑う。しかし、白紅麗は書物で読んだことをそのままリアムに伝えた。



「成竜は、特別な力を持っているから……と……。あとは、人の前に姿を見せなくなったからと……」



 そう。伝説の存在である“竜”は、竜の楽園の“イル・イゾレ”という場所から出でこないという。それは、狩られることを避けるためらしい。元々の個体数が人間よりもはるかに少ない竜は、そうやって生存率を上げるしかできないのだ。


 竜自身が長生きなのも相まって、子供もできにくい。


 だからこそ、生まれてきた子供は成竜が面倒を見て、危険から守る役目を担っている。


 リアムは、白紅麗をじっと見つめる。


 白紅麗も、リアムをじっと見つめた。


 白紅麗からそれ以上の言葉が出てこないと理解したリアムは、言葉を吐き出す。



「君は、楽園の“イル・イゾレ”を知っているか?」


「……いえ、書物には、書かれていなかったので、詳しくは知りませんけれど……」



 白紅麗の言葉を聞いて、リアムは、突然にしゃがみこむ。そして、地面を手でトントン、と叩いた。その行動の意味がわからなくて、白紅麗は戸惑う。



「ここが、“我”の“イル・イゾレ”だ」



 リアムの言葉に、白紅麗は何を言われたのかわからなかった。


 しかし、次の瞬間には理解して、目を大きく見開く。



「君は、我に捧げられた“生贄”だ。白紅麗」



 その言葉に、白紅麗は、言葉を失った。

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