第70話

「すごく泣きそうだよ」



 そう、優しげな声音で言葉を告げて、ロシュも動いた。持って来た果物カゴをもう一度抱え、ロシュも食堂から出ていった。


 それを感じて、白紅麗はさらに身を縮こませる。


 顔をゆっくりとあげて、目の前に広がる食事を見つめる。ゆっくりと手を伸ばし、箸を取った。


 お米を軽く箸でつまんで、口に運ぶ。歯でゆっくりと噛んで食べれば、食べ慣れたお米の甘さが口の中に広がる。それに、白紅麗はぽろりと涙が出て来た。



「……おいしい……」



 作った本人がいないのに、そんなことを言っても無駄だとわかって来ても、言わずにはいられない。それほどまでに、白紅麗にとって、その食事は温かいものだったのだ。


 今まで食べていたものよりも、一番美味しかった。









「リアム様」

「…………」



 ロシュに声をかけられたにもかかわらず、リアムは反応しない。ロシュがとって来た果物をその腕に抱えながら、その場に立ち尽くしている。


 その後ろ姿は、どことなく、後悔しているように見えた。



「……リアム様、大丈夫ですよ」


「ロシュ、我は…………嫌われただろうか?」


「そんなことありませんよ。きっと、白紅麗も戸惑いが大きいんだと思います」


「だと……いいのだが……」



 大の大人がしゅーんとしている姿は、どことなく滑稽に見える。そんなリアムの姿に、かすかに笑いながら、ロシュはリアムの隣へと移動した。



「リアム様、果物、食べないんですか?」


「……いや、食べる。せっかくロシュがとって来てくれたからな」


「食欲がないのなら、無理に食べなくてもいいと思いますよ?」


「いや、彼女に対して食べろといっておきながら、自分が食べないのはおかしいからな。ちゃんと食べる」


「なら、早く済ませちゃいましょう。きっと、白紅麗は部屋に戻るのに苦労すると思いますよ」


「? なぜだ?」


「…………リアム様、ご自分が白紅麗を抱えて連れて来たって自覚あります?」


「……………………忘れていた」



 その返答に、ロシュはため息をつく。自分で取ってきた果物をカゴの中から一つとってそれにかじりついた。


 リアムもロシュに習ってその手に持っていた果実に齧りつこうとした瞬間――その動きが止まった。



「? リアム様?」



 銀の瞳を大きく見開いて、目の前の光景をただ見つめている。二人は所謂中庭におり、そこでふてくされて座っていたのだが、リアムはただ目の前にある森林を見つめていた。


 しばらく固まっていたかと思うと、口元まで持ってきていた果物を下ろして、そのまま優しい微笑みを浮かべた。



「……………………よかった」



 その、とても安堵した一言を聞いて、ロシュは、すぐに白紅麗のことだと理解した。

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