第69話

リアムは、再び白紅麗に振り向く。そして、もう一度食事を摘んだ箸を白紅麗の目の前に持っていった。



「大丈夫だと証明ができた。だから、食べてくれ」


「…………」


「リアム様、あの……」


「なんだ、ロシュ」


「多分、もうそこまでしなくてもいいと思うので、自分で食べさせたらどうですか?」


「しかし……」


「大丈夫ですよ。そうでしょう? 白紅麗」


「…………は、い。あの…………申し訳ありませんでした……」


「? なぜ謝る?」


「……疑って、しまったので……」



 消え入りそうな声でそう言った白紅麗に、リアムは銀の瞳を少し見張る。そして、ふっと柔らかく目尻を下げて微笑んだ。



「それは、こちらの配慮もなかったからだ。気にすることはない」


「……いえ、そもそも、私には疑う行為すらおこがましいというのに……。なんと失礼なことを……本当に、申し訳ありません」



 深々と頭を下げた白紅麗に、二人はなんとも言えない表情で白紅麗を見つめた。


 そもそも、白紅麗のその感情こそが当たり前の感情だったのだ。彼女にとって訳のわからないところに連れてこられて、そこで自分の故郷の食事が完璧に出てくる。疑うなという方が無理がある。それなのに、白紅麗は疑った自分を“悪い”と考えて、それに対して謝罪した。


 その前に謝罪したリアム達の言葉など、完全に無視をして。


 それほどまでに、彼女の中での他人からの自分の存在感の価値が低いということだ。


 彼女の環境を考えれば仕方のないことかと思うが、それでも、納得はできない。



「白紅麗」


「はい」


「……君は、自分で全てを諦めすぎていると、感じないのか?」


「今更、とは思います」


「それを受け入れていいものではないと理解しているののにか?」


「ですが、それを否定するだけの“材料”が、私自身にはなにもありません」



 平行線。


 そう感じて、リアムは箸でつまんでいた食事を器に戻し、ガチャリと音を立てて、箸を置いた。



「監視なんて言い方をして悪かった。食べるも食べないも、君の自由だ。好きにするといい」



 そう言い残して、リアムはロシュが持って来た果物をひょいひょいと数個、手にとって食堂から出ていった。白紅麗は、ずっと頭を下げたまま、それを感じていた。


 その場に残ったのは白紅麗とロシュだ。ロシュは居心地が悪そうに身じろぎをしている。


 白紅麗は、ゆっくりと頭をあげた。


 白紅麗のその表情を見て、ロシュは驚いた。



「……泣きそうな顔、してるよ。白紅麗」


「……そんなことは、ありません」



 ボソリとそう呟いて、白紅麗は俯く。

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