第64話

「……あなたが、そこまで行動するのに驚いたわ。そんなにも大切なの?」


「ああ。大切だな」


「……接点なんてなかったでしょうに」


「なかったよ。直接は、ね」


「……! 恐ろしい人」



 そう言って、クロエも部屋から出ていった。


 残ったのはリアムと、眠っている白紅麗だけだ。


 リアムはじっと眠っている白紅麗を見つめる。白紅麗の手を握っていない方の手で、その頬にもう一度触れる。暖かな体温を感じて、ほっとする。



 ――与えた加護は、何の役にも立たなかった。



 ただ、リアムが白紅麗を感じて、その状況を把握するだけだった。


 時々流れ込んでくる感情は、諦めが多く、リアムの方が胸を締め付けられていた。それを、この数年。ずっと感じていたのだ。


 たった一言をつぶやいてくれれば、すぐにでも駆けつけたのに、白紅麗は“それ”を頑なに言わなかったのだ。声に出してくれなかったのだ。



(……人間の愚かさだな)



 白紅麗のそういうところは、とても人間らしいと感じる。


 抑圧された環境に身を置いていた白紅麗は、その抑圧に応えるように、何も望まなかった。


 何かが欲しいということも、何かをして欲しいということも言うことなく、その身のうちに溜め込んで、吐き出すことなく積もらせ続けていく。


 声を出せばいいのに。手を伸ばせばいいのに。


 それをしない。


 だからこそ、誰も白紅麗を助けることができなかったのだ。



(先ほど流れてきた、白紅麗の感情……ロシュから聞いてはっきりとしたが、あれは思い人への感情か)



 純粋に、悔しいと思った。けれど、それが白紅麗の感情なのだ。思いなのだ。ならば、それを妨げる壁に、自分はなってはいけない。



(白紅麗)



 愛しい少女のその名を、胸中で囁く。どれほどそれをしたって、その少女に届くことはないとわかっているのに。それでも、やめられない。


 きっかけは、とても小さなもので、それなのに、それからどんどんと膨れ上がっていったのだ。



(……早く、目を覚まして、白紅麗)



 そして、できるならば、笑顔を見せて欲しい。作り物ではない、白紅麗の本当の笑顔を――。









 手に、暖かさを感じる。包まれているような感じだ。大きな、何かに。


 思わずその暖かさに逃げて欲しくなくて、ぎゅっと握りしめる。それに驚いたのか、ぴくっと動いたような気がした。



(……動いた……?)



 ゆっくりと瞼を持ち上げる。その視界には、今朝起きた時と同じような光景が飛び込んでくる。


 しかし、その中で一番、見慣れないものが飛び込んできた。



(……銀、色……?)



 なぜだろうと疑問を持ちつつも、白紅麗はそれでも手をぎゅっと握りしめている。なぜか困ったような気配が感じられる。なぜなのだろうか。


 そこまできて、白紅麗は人の気配を感じる。



「…………?」



 まだ覚醒しきっていない頭を必死に叩き起こして、白紅麗はもぞりと動く。そして、体を起こすために、ふかふかの寝台に手をつく。


 その時になって、ようやくはっとした。

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