四章

気持ちの居場所

第58話

はっと、目が覚めた。白紅麗は再び、ふかふかの寝台の上で寝そべっていた。美しい天井を見つめる。意識を落とす前に、そばにいた白銀の麗人を思い出す。


 彼が何を考えているのか、白紅麗にはわからない。けれど。



(……なんで、私の名前を知っていたの……?)



 その疑問を抱きながら、白紅麗は体を起こす。見渡せば、また薄い紗幕が降りており、向こう側は少しぼやけて見える。


 白紅麗は寝台の上をごそりと移動して、その紗幕を持ち上げる。視界に広がるのは、広い部屋だった。白紅麗はそれに気後れしてそのまま紗幕から手を話してもう一度寝台の上で大人しく座る。


 変わらずに首元のあいたよくわからない衣を身に纏っているその事実に、これは夢ではないのだと突きつけられる。


 恐怖で、体が震える。


 自分がどうすればいいのかわからなくて、白紅麗は両腕を体に回して、自分で自分を抱きしめた。


 白紅麗のわからない場所で、一人でぽつりといるということの心細さが白紅麗を襲ってくる。



(……こわい……)



 その感情を持ったのは、何年振りなのだろうか。それほどまでに麻痺していた感情のはずなのに、白紅麗はそれを持つ。わからないことが、怖いのだ。


 怯えた瞳で薄い紗幕の向こう側を見つめる。ぼやけて見える向こう側に不安を抱かずにはいられない。


 そんなことを思いながら、白紅麗がびくびくと部屋の中をゆっくりと見回していると、扉が勢いよく開いた。



「はいはーい、おはよーございまーす!」


「!?」


「あ、起きてらっしゃるんですね、手間が省けました! あれ、でも着替えてはいらっしゃらない? えー、着替え置いといたのにぃ……あ、もしかして気づかなかったとか? じゃあ、手伝いますから、パパッと着替えて、さっさと食堂に行きましょ! めんどくさいんで!」



 ものすごく元気な声が、白紅麗の思考を停止させる。


 何が起こってるのかさっぱりわからない。


 と、呆然としていると、遠慮容赦なく紗幕がしゃっと開かれる。はっとした白紅麗は思わず体を後ろへとずらしてしまう。しかし、着慣れない衣服に、ふかふかの寝台に邪魔されて、ころんと転がってしまう。



「あ……っ!」


「あら、危ないですよ?」


「……っ!」


「そ、そんなに警戒しないで下さいー。危害なんて加えませんよー?」


「…………」


「……そ、そこまで怯えられるのも初めてなんだけどなぁ……そんなにあたし怖い?」



 その人物が怖いというよりも、人が怖いと感じる。


 白紅麗は、怯えた色を浮かべた藤色の瞳で相手を睨むように見つめながら、少しずつ、体を移動させて距離をとる。


 それに気づいているからなのか、相手はなんとも言えない表情を作りながらも白紅麗の行動を見つめる。


 ――美しい人だった。肩につかないほどに短い髪は、それでも癖が強い。薄い緑の髪に、髪色よりも濃い緑の瞳。肩がむき出しになっている衣服を身につけていて、その体の線を強調しているかのようだった。


 腰に一枚の布を巻きつけて、いて、そこから伸びるすらりとした細い脚に白紅麗は驚きを隠せない。

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