第57話

わたしは君に見つめていてほしい。この色を、君のその目に焼き付けてほしい。その藤色の瞳が、我の色でいっぱいになってほしい」


「……っ!」


「恥ずかしがることはない。我は、君を見つめている。その麦穂色の髪も、言い方を変えれば、薄い金色だ。とても綺麗だよ。それに、藤色の瞳も。本当に、藤の花を見つめているようで、とても落ち着く色だ」


「ま、待って、待ってください、お願い……っ」


「この髪も、この瞳も、君の全てが綺麗だよ。君の優しさが、君を作っているんだ。だから、何も怯えることはない。それを受け入れればいいんだよ」


「そんなこと、言われても……っ、私は…………!」


「――君は、綺麗だよ。白紅麗」



 驚くほどの優しい表情と、驚くほどの優しい手と、驚くほどの優しい声音に。


 白紅麗は、知らぬうちに、涙が頬を伝っていた。



「……っ!!」


「泣きたければ泣けばいい。苦しいなら苦しいと叫んで。そうしなければ、分からないから」


「私は、そんなことは……っ、ありません……! 苦しくもないです……!」


「そっか。それならそれでいいよ。でも、今瞳から流れている涙は否定しないで。それは、流れるべくして流れているものだよ」


「違います! 私は……っ、私はっ、これを持ってはいけないのですからっ!」


「それは一体誰が決めたの?」



 その疑問のような質問に、白紅麗は答えられない。誰が決めたわけでもなく、ただ白紅麗がそう思って、それを守ってきただけだ。それが、自分を唯一守るための盾だった。


 そうすれば、全てに対して、諦めることができたから。

 けれど、目の前にいる白銀の麗人は、それを見透かさようにして言葉を投げてくる。


 彼はわかった言葉を白紅麗にぶつけている。


 言葉に詰まった白紅麗は、唇を引き結ぶ。


 何か言葉を吐き出せば、それは感情に任せた言葉になってしまう。それは、白紅麗が今までしないようにしてきた行動だ。だからこそ、口を引き結ばなければならない。


 必死に耐えて、嗚咽を漏らさないように。息が詰まりそうになったとしても、それを吐き出さないようにしなければ。最小限にしなければ。この嗚咽を聞かれたら、また何を言われるかわかったものではない。


 ぐぐっと、先ほどよりもさらに唇を引き結ぶ。しかし、流れてきた涙を止めることはなかなか難しく、白紅麗は必死に止めようと気持ちを押さえつけようとする。


 と。突然、意識が遠のいていく。



(な、に……が……)



 起こったのかと、理解できなかった。けれど、遠のいていく意識をつなぎとめることも出来なかった。


 意識を完全に失う前。



「――おやすみ、我の姫」



 優しい声音がそう囁いたのを、白紅麗は聞いた。

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