第52話

体が地面に叩きつけられるのを覚悟して、白紅麗は目ぎゅっと閉じる。体が風を切る。見慣れない衣がはためく。髪が流れるのを感じる。


 しかし、途中でそれがなくなった。体が痛みを訴えて来ることもない。不思議に感じて、白紅麗はそっとその瞼を持ち上げる。


 感じたのは、人肌の暖かさ。そして、頭上から感じる視線。くっと頭を上げれば、驚くほどの麗人と視線があった。



「大丈夫? あんなところから飛び降りたら危ないよ?」



 優しい声音に、白紅麗は戸惑いを隠せない。何が起きているのだろうか。


 すると、先ほどの白紅麗が飛び降りた窓から身を乗り出した。



「リアム様!」


「お。ロシュ。大丈夫だよ。ちゃんと受け止めた」


「よ、よかったぁ……」


「さて。……じゃ、戻ろうかな」


「…………えっ?」


「ちょっと跳ぶから、怖いかもしれないけれど、ほんの少しだけ我慢してね」


「と、とぶ……?」


「じゃ、行くよ」



 そう声をかけられた瞬間に、驚くほどの跳躍力で、彼は文字通り跳んだ。それに驚いて、白紅麗は悲鳴をあげる暇もなく、気づけば先ほどいた部屋の窓から、中に入っていた。


 何が起こったのかよくわからなくて、呆然としてしまう。



「到着。下ろすね」


「……! は、はいっ!」


「そんなに元気よく返事しなくてもいいよ。ロシュ」


「はい!」


「お前も…なんでそんなに元気なんだ……まあ、いいか」


「僕は、純粋に嬉しいですから」


「そうか。じゃあ――」


「「リアム様っ!!」」



 甲高い子供の声が、麗人――リアムの言葉を遮る。白紅麗は、その二人の声を聞いてハッとする。そして、先ほどと同じように、体をさっと窓の方へと寄せようとする。しかし、それを察したのか、リアムが白紅麗の腕を掴んでその腕の中に閉じ込めてしまう。



「……っ、は、離してくださいっ!」


「だめ。また飛び降りるつもりでしょう? それがわかっているのに、離すはずがないでしょう」


「で、ですが……っ!」


「いいから。それで、レプレ、レプス、何?」



 二人に呼びかければ、二人は興奮した声で喚く。



「どうして助けたの!?」


「あのまま落ちて仕舞えばよかったのに!」


「人間なんだよ!?」


「……落ち着け、二人とも」


「納得がいかない!」


「全然納得できない!!」


「助ける意味もわからない!」


「「助からなければよかったのにっ!!」」



 耳を塞ぎたくなるその言葉たちに、白紅麗は出来るだけ我慢をする。気を緩めてしまうと、涙腺が緩くなって、涙が出てきそうだ。それは、白紅麗はしてはならないことだから、気を緩めないようにしなければ。


 すると、白紅麗を抱きしめている腕の力が強くなったのを自覚する。



「二人とも、本当にそう思っているのか?」



 ぞっとするほど低い声に、白紅麗は驚く。それは、その質問を投げられた二人も同じだったようで、その赤い瞳を見開いていた。

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