第51話

「えっと、大丈夫?」


「……!」



 かけられた声と言葉に、白紅麗は体を揺らして、思わず彼から距離を取ってしまう。


 その行動に驚いた彼は白紅麗を見て、そしてハッとした。


 その藤色の瞳には、明らかに恐怖が浮かんでいたからだ。それに気づいて、彼は表情を歪める。



「……体はどう?」


「……え」


「寒くはない?」


「は、……はい」


「そう、よかった。もうすぐ、ここの家主が来るから、もうちょっとここにいてもらってもいい?」


「……っ、い、いえ、ここから出してください!」


「だめ」


「!?」


「君の体は、疲労しきっているはずだよ。まだ回復なんてしていない。無理に動いて、その体が耐えきれなくなったらどうするの? だから、だめ」


「そ、そうなってしまったら、それまでのことだと思います! お願いです、ここから――っ!」



 そう、懇願しようとした時、先ほどの小さな子供達がばたばたと部屋に入ってきた。



「レプレ、レプスっ!?」


「出て行きたいっていってるんだよ!」


「行かせればいい!!」


「そうだよ!」


「というか、出ていってくれ!!」


「そうだよ!」


「レプレ、レプス! 何を言って!!」


「だって、こいつ、本当に人間なのっ!?」


「こんな髪色も、こんな目の色も見たことがない!」


「「気持ち悪いっ!!」」



 がんっ、と鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。白紅麗は、思わず体を隠すようにしている手を外し、その瞳を隠すために手を持ち上げた。


 なぜ、自分のこの容姿のことを一瞬でも忘れてしまっていたのか。体を隠している場合ではなかった。



「も、申し訳ありません……! 不快な、思いをさせてしまい……っ!!」


「! ちょ、待って、そんなことは……!」


「そうだそうだ!」


「出て行け!」


「二人とも、黙って!」


「だって!」


「だってっ!!」



 拒絶されていることはわかった。白紅麗は、自分から意識が離れたことを自覚した。だからこそ、体を動かしたのだ。


 扉はだめだ。そう意識が働いたからこそ、窓を探し、そして一瞬で見つけることができた。体を反転させて、駆け出す。髪が流れるようになびいて、それと一緒に着ている衣の裾もふわりと広がる。


 相手からもうこの瞳が見えないのから、手で隠す必要はもうどこにもない。その両手を伸ばして、窓の鍵を開ける。見たことの無いものだったのに、それが自然とできてしまうのは不思議だ。


 しかしそんなことに構っていられない。


 白紅麗は、窓から飛び出した。そして、囲ってある柵に身を乗り出す。



「危ないっ!!」



 後ろから、悲鳴のような声が聞こえるけれど、気にしない。気にしてなどいられない。


 早くこの場所から逃れたい一心だったのだ。だから、下を見ていなかった。



「――――――――え?」



 体が、がくんっ、と下に落ちた。

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