第49話

「ロシュ、お前の力を貸して欲しい。いいか?」


「は、はい!」


「とにかく、体を温めなければならない。寝室を整えてくれ。暖炉に火も」


「わかりました」



 ロシュは元気よくそう言葉を返して、そのまま屋敷の一室の寝室へと姿を消した。



「なんでっ!?」


「意味わからないっ!」



 二人の甲高い声を聞きながら、彼は一言。



「すまないな」



 そう言って、自身の屋敷の中を闊歩する。駆け寄ってきた二人は、その後ろ姿を不満そうに見つめるしかできなかった。


 寝室へ入れば、ロシュが慌ただしく寝台を綺麗に整えている最中だった。彼はそれを見つめながら、すでに火を焚かれたいる暖炉へと足を向ける。


 抱き上げている少女をあぐらをかいた自分の足の上に乗せ、暖気に当てる。パチパチと音を立てて、暖炉の中の火は燃え盛っている。


 それでもなかなか、水をふんだんに吸い込んだ衣は乾く気配はない。


 どうしたものかと考えて、彼はぴんと思い立つ。



「これを脱がせればいいのか」



 そう呟き、早速取り掛かろうとしたが、その呟きを拾ったロシュが全力で止めに入った。



「まっ、ままま、待って、待って待って待って!! ダメです!!」


「ロシュ、なんだ、手伝ってくれるのか?」


「いや、手伝いません! というか、衣を脱がせるのなら、女性を呼んだほうがいいです!! 絶対に!」


「いや、しかしな……その時間も惜しくて……」


「惜しまないでください! ちょっ、レプレ、レプス! お願いだから、女の人誰でもいいから呼んできて――っ!!」



 ロシュの悲鳴が、屋敷中に響き渡った。









 微睡みの中、暖かなものに包まれているのを、白紅麗は自覚した。なぜだろう、自分は、湖に飛び込んだはず。今頃は暗い湖の底で、静かに息を引き取っているはずなのに。


 胸に空気が入ってきているのを自覚する。


 口から、吐息が漏れているのがわかる。


 ふっと、意識が浮上した。



「…………?」



 最初に目に入ったのは、驚くほど美しい天井。


 白紅麗は何度か瞬きを繰り返した。しかし、その藤色の瞳に映るのは、変わらずに美しい天井だけだ。


 白紅麗は、ぐっと体に力を入れて上半身だけ起き上がらせる。


 ぐるりと辺りを見回した。


 まず驚いたのが自分のいた場所だ。四柱に支えられているそこは、驚くほどにふかふかのものが敷かれていて、自分はそこの上にいる。そして、そこには薄い紗幕のようなものがおりていた。


 その状況に、どうすればいいのかわからなかったけれど、とにかく、白紅麗はここから出なければと思い、這うようにしてそこから降りる。


 足をついた時、足の裏にはふわりとした感覚を覚えて驚く。下を見れば、そこにも、ふわふわの敷物が敷いてあった。

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